スポーツの世界に「ゾーン」という言葉ある。極度に集中し、完全に没頭した状態のことをいう。ゾーンに入ると、緊張が強いられる大舞台でも、高いパフォーマンスを発揮できる。大きな案件のプレゼンなど、ビジネスシーンでもギアを一段上げなければならない場面がある。演奏家を支援するNOMOSの渋谷ゆう子代表が、聴くと集中や気分が高まるクラシック曲を紹介する――。
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3分前になったら

シェイクスピアは言った。

「この世は舞台であり、人はみな役者だ」

ビジネスにおいて、この言葉が当てはまるシーンも多くあるだろう。“今あるべき自分”を演じ、プレゼンをし、商談をまとめ、窮地をポーカーフェイスで切り抜ける。相手の出方を瞬時に判断しながら、自分の立ち位置を変え、声色も変える。すべては結果を出すために。

だが、どんなに経験豊富なビジネスパーソンでも、ここぞという大事な商談の前や、顔合わせ、会議の前には緊張し、自らを奮い立たせることも必要だろう。そんなときはまず、シェイクスピアの言葉を復唱し、さらにはこの場に見合う曲を選ぼう。音楽は感情を揺さぶる。その作用は、自らを鼓舞するために利用できる。

威勢がよいクラシックとして、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を思い浮かべる人は多いだろう。だが、これはいささかいただけない。ワーグナーが悪いわけではないのだが、この曲はコッポラ監督の『地獄の黙示録』に使われ、あまりにイメージが戦闘的すぎる。頭の中でヘリがバタバタ飛んでしまう。相手を撃ちに行くわけではないのだ。

ワーグナーなら、ここは歌劇『ローエングリン』の『第3幕・前奏曲』がいい。速まる心臓の鼓動を落ち着かせるように、細かく息継ぎをしながら、呼吸を整えよう。金管楽器の勇敢なメロディと、それを支える弦楽器の細かく素早い動きに促されるように、気持ちを前向きに、胸を張って立つことができるだろう。いざプレゼンへ、という3分前にぜひこの曲を聴いてほしい。気分は新しい道を切り開く騎士――。思い切り、目の前のドアを開こう。

もし、まだ20分以上あるなら

金管楽器の威勢のよさで選ぶなら、フンメル作曲の『トランペット協奏曲』もオススメだ。20分ほどあるこの曲を聴きながら、徐々に舞台へ上がる準備をするのもいい。自分の舞台までの間、どんな役を演じなければならないか、もう一度頭の中で反芻するには申し分のない曲だ。

トランペットといえば、軍隊の合図に使われるほど、音が遠くまではっきりと明瞭に届き、目の覚めるような音を持つ。だが演奏によっては、非常に感情豊かで艶やかな表情を見せてくれる楽器でもある。そんな人間味溢れる楽器の音色を味方につける。自分にもそんなところがあると言い聞かせる。ビジネスは無機質な情報のやり取りだけではない。人間と人間の狭間で生まれる関係の上にある。トランペットは、そんな温かみを忘れない。役を演じつつも、自分が本来持つ人間味が功を奏することもある。