典型例として、ライドシェア最大手の滴滴出行(DiDi)が設立した「洪流連盟(D‐Alliance)」がある。このアライアンスは、滴滴出行を中心に、米欧の完成車メーカーや大手部品メーカーで構成される。メンバー社で次世代の車両について構想するとの方針で、見方を変えれば、滴滴出行のサービスに合った車両を開発する、さらに乱暴に言えば、滴滴出行が自社のニーズに合った車両を自動車業界に作らせるという構図といえる。今年7月には、コンチネンタルが滴滴出行のサービスに適した設備の開発に着手したと発表した。

大手IT企業各社から出資を受ける蔚来汽車や小鵬汽車など新興EV事業者の動きも、自動車業界の関係再構築の一つといえる。これら新興事業者はファブレスの事業モデルであり、製造工程は完成車メーカーに委託している。マーケティングから設計、製造、販売まで一気通貫で行っていた完成車メーカーの牙城を、一部切り崩す動きだ。これらの新興事業者は、車両の仕様に関しての発信源となっている。

川下側に位置するIT系事業者の車両へのニーズは、車両全体の設計だけでなく、個々の部品にも及ぶ。洪流連盟で最初に動いたのは、完成車メーカーではなくコンチネンタルであった。多数の車載アプリを投入する予定の新興EV事業者も、それを表示するディスプレイやAIスピーカーなどのU/I機器にこだわりを見せる。つまり、サービス側の事業者からのニーズ発信の強まりは、車両のあり方を変化させ、個別の部品や部材にまでその影響が及ぶと考えられる。その際の要求は、より高度な仕様となることが想定される。

迎え撃つ側の完成車メーカーには、むしろ積極的に川下側の変化を取り込もうとする動きもある。大手の一角である北京汽車は、今年8月に「自動車業界の鴻海(ホンハイ)を目指す」との声明を出した。これは、電子機器の製造受託で発展した台湾の鴻海に倣い、サービス事業者からの車両ニーズを踏まえて生産業務に注力していくという思い切った方針だ。今後、中国の完成車メーカーに同様の動きが広がる可能性は高い。

自動車業界に起きる「微笑み化」現象

以上のような動きの帰結として、自動車業界の「微笑み化」という仮説が浮かび上がる。衣料品や電子機器などで起きたスマイルカーブ化に似た現象で、顧客接点を持つ川下事業の価値が上がり、それに応える部品や部材が重要になるという構造である。ちなみにスマイルカーブとは、サプライチェーンの真ん中に位置する完成品製造の付加価値が最も小さく、両端の部材製造と顧客接点を持つ小売・サービス事業の価値が大きくなり、その曲線が笑顔の際のくちびるのように下向きの放物線を描くことからスマイルカーブと呼ばれている。

ただ、自動車の場合は、多くの部品をすり合わせて調和のとれた完成車に仕上げる、安全に対する責任を担保するという完成車メーカーの役割が不可欠で、衣料品や電子機器ほどにはサプライチェーンの真ん中である完成品の価値は下がらない。そこで、真ん中が少しだけ下がる「微笑み化」となる。「微笑み化」はスマイルカーブに似ている。ただ、自動車産業にあっては完成車メーカーの役割が今後も比較的大きいため、衣料品や電子機器ほどには川下事業や部品・部材の価値の上昇は起こらないものの、川下事業や部品・部材の重要性が従来よりも増すという方向性は同じのため、ここでは「微笑み化」と呼んでいる。

「微笑み化」では、完成車メーカーが価値の大部分を獲得していたこれまでの構造とは大きく異なってくる。――ピラミッド構造からの大きな変化である。この変化は、世界最大の自動車市場である中国で起きる、あるいは中国を起点として各地に波及すると考えられる。