運動器の疾患は次々と連鎖する

【大江】わたしは1960年生まれですが、同世代の日本人のほぼ半数が90歳まで生きるといわれています。そんな時代ですから、長寿に備えて、人生の半分くらいのところ、45歳か50歳あたりで、自分の運動器の状態をチェックすることが望ましい。骨密度など測定できるものは測っておいたほうがいいと思います。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/sudok1)

高齢者の健康にとって最大のリスクは、メタボリックシンドローム、認知症、そして運動器の疾患、つまりロコモの3つと考えられます。それくらいロコモは重要だということ。ところが、この問題の深刻さがあまり認識されていない。

【かじやま】確かにそうですね。「メタボ、認知症、ロコモが三大リスク」という意識は、あまりありませんでした。

【大江】そこでロコモティブシンドロームという概念を提唱したのですが、実は、一般向けの啓発のほかに、もうひとつ目的があるのです。

近年、脊椎専門、関節専門と整形外科が細かく分かれ、「背骨はわかるが、関節はわからない」といった医者が増えています。スペシャリストになることは悪いことではありませんが、高齢者の運動器の疾患は、腰が悪くなれば、膝も、肩も悪くなる、といった具合に連鎖する。しかも、「1+1」が「2」ではなく「3」になるように複合して悪化するので、運動器を全体として診ることが大切なのです。

注射をすれば治る普通の腱鞘炎だったのに……

【大江】これからの時代は、自分の専門分野を極める一方で、運動器全般についても標準的なことくらいは知っておく必要がある。そういう視点を持たなければ、ちゃんとした治療はできない。医療関係者にそう注意を促す意味でも、ロコモという概念を打ち出したのです。

【かじやま】近い将来、「ロコモ科」「ロコモ外来」みたいな診療科ができて、統合的に診てもらえれば、患者としては安心です。

【大江】何度も言いますが、高齢者の場合、複数の運動器疾患が重なっていることが多いですからね。

実際にこんなことがありました。わたしの専門は手外科ですが、あるとき別の専門病院で膝の手術を受けた高齢のご婦人が、退院したその足で、わたしの外来に来られたのです。「変形性膝関節症が悪化して膝に人工関節を入れたが、今度は手が痛くなって杖が握れない」とおっしゃる。主治医の先生に相談したものの、「手のことはよくわからないから、ここで診てもらってください」と、わたしの病院を紹介されたというのです。

診察すると、注射をすれば治る普通の腱鞘炎でした。手術後、身体を支えるために杖を強く握るなどして手を酷使したからでしょう。普通の腱鞘炎といっても、ひどくなると指が曲がらなくなります。痛くて杖が使えないというのであれば、患者さんはとても困るわけですが、人工関節の専門医である主治医の先生には、その診断や治療ができなかったのです。

【かじやま】わたしも交通事故で手術をしたあと、手で身体を支えていたので、その患者さんの気持ちがよくわかります。廃用症候群(寝たきりなどで身体能力が衰えること)で骨折していないほうの脚も筋力が落ちていたから、両腕の力に頼らざるをえない。リハビリで歩く訓練を始めると肩も痛くなり、以前は何ともなかった膝や足首も痛み出して……。「高齢になって身体が動かなくなるというのは、こんな感じかな」と思いましたね。

【大江】あなたの場合、片方の脚が骨折しただけでまだよかった。もし高齢で反対側の脚が変形性膝関節症だったら、リハビリも進みませんよ。「せっかく股関節の手術をしたのに、膝が痛くて歩けない」ということになってしまいます。高度な専門医であっても、やはり運動器全般を診られないといけないのです。