手術をした患者が、また救急患者に

【かじやま】わたしの骨折部位と同じ股関節の周辺、大腿骨近位部を骨折する高齢者が最近増えているそうですね。あんなに太い骨が、ちょっと転ぶだけで折れてしまうなんて……。わたしのように自動車にぶつかられたのならわかりますが、なんだか信じられません。

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【大江】骨粗鬆症で骨がもろくなっているので、簡単に折れてしまうんですよ。大腿骨近位部骨折で手術を受ける人は、今や年間15万人もいるのです。手術後は筋力が落ちるので、歩行が不安定になって、また転んでしまうこともある。今度は反対の脚を骨折して再手術、ということもあるのです。

【かじやま】たいへんな手術をして治したのに、また骨折してしまうなんて、ほんとうにお気の毒です。つらさを知っているだけに、考えただけで気が遠くなります。転ぶのが怖くて外出を控えると、運動不足になって筋力が落ちるので、まさに悪循環ですね。

【大江】以前、わたしが勤めていた救急病院には、同じ患者さんが、実際に何度も救急車で運ばれてきました。「あれっ、この人、前にも手術したじゃないか?」という例が目立つようになったのは、21世紀に入った頃でしょうか。

それまで整形外科の救急患者には、自動車事故や工場で働いていてケガをする若い男性が多く、手術をして治せばそれっきり。同じ患者さんを繰り返し診ることはなかったのです。それが病棟に高齢者が増え、しかも治療したはずの人が、また救急車で運ばれてくるようになり……。整形外科が扱う患者さんの変化から、世の中が変わったことに気づいたのです。

【かじやま】なるほど、以前は、手術が必要になるような患者さんは、若い男性ばかりだったのですね。なのに、いつのまにか高齢者が増えてきた。

【大江】そこで、あるとき「現場では、こういうことになっています」と中村耕三先生(当時日本整形外科学会理事長)にお話ししたんですよ。高齢の患者がものすごく増えて、しかも運動器の疾患という特定の病気を繰り返している。この問題に名前をつけて、広く社会に注意を促したほうがよいのではないでしょうか、と。

それが2007年の夏。ちょうど日本が超高齢社会に突入した時期で、中村先生も思うところがおありになったのでしょう。始まりは一救急医のつぶやきみたいなものでしたが、中村先生が全体のデザインを考えられ、数カ月後にロコモティブシンドロームという概念が発表されたのです。

【かじやま】きっかけをつくられたのは大江先生だったのですか。

【大江】整形外科が新しい時代に入った。それをわたしが肌で感じたということでしょう。

大江隆史(おおえ・たかし)
NTT東日本関東病院・整形外科部長
1960年、京都府生まれ。85年、東京大学医学部医学科卒業後、東京大学整形外科医局入局。関連病院で研修後、東京大学医学部附属病院文部教官助手、東京大学医学部附属病院整形外科医局長、医療法人社団蛍水会名戸ヶ谷病院整形外科部長を経て、NTT東日本関東病院院長補佐(手術部長)・整形外科部長。東京大学医学部整形外科非常勤講師も務める。後進の指導と臨床に携わりながら、患者にロコモについての啓蒙を続けている。2010年ロコモチャレンジ!推進協議会の設立とともに副委員長、14年より委員長。最新著作に『相撲トレ 1日2分で一生自分の足で歩ける』がある。
かじやますみこ(梶山寿子)
ノンフィクション作家
神戸大学文学部卒業。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。経営者、アーティストなどの評伝のほか、ソーシャルビジネス、女性の生き方・働き方、教育など幅広いテーマに取り組む。主著に『トップ・プロデューサーの仕事術』『鈴木敏夫のジブリマジック』『紀州のエジソンの女房』『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』。最新著作は、自らのリハビリ体験をもとにした『長く働けるからだをつくる ビジネススキルより大切な「立つ」「歩く」「坐る」の基本』。
(写真=iStock.com)
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