金委員長もトランプ大統領も「成功を収めた」のか?

今回の首脳会談、金委員長にとっては成功といってよさそうだ。

世界一の大国アメリカのトップとサシで対話することは“偉大なる”祖父も父親もなしえなかった一族の積年の大目標だからだ。トランプ大統領と握手している映像は、アメリカとの対等な関係を国内向けにプロパガンダできる。そのうえ、トランプ大統領から「彼は非常に優秀だ」「優れた交渉者」「26歳の若さで国を運営できるのは、一万人に一人」などと最大級の賛辞を贈られて、「挑発的」と非難してきた米韓合同軍事演習の中止まで引き出した。

米朝首脳会談を受けて、中国はすでに経済制裁を緩和している。非核化の具体的な裏付けのない合意文書一つで、それだけの見返りが得られたのだ。

一方のトランプ大統領にとっても会談は大成功だったといえる。

外交の専門家の多くは「具体的なコミットメントがない」という評価だし、ウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズ、イギリスのフィナンシャル・タイムズやエコノミストなどの辛口メディアは軒並み「内容が乏しい」、あるいは「金正恩の大勝利」と報じた。ところがCNNの世論調査ではアメリカ国民の半数以上がトランプ大統領の北朝鮮への対応を支持しているのだ。

トランプ大統領といえばテレビのリアリティ番組にホスト役で出演し、「You’re fired!(君はクビだ!)」を決め台詞にしていた。今回の会談もトランプ大統領がホスト役の歴史的リアリティショーのようなものだ。北朝鮮に対する軍事攻撃を示唆して対立を煽り、米朝首脳会談が決まってからも厳しい注文をつけたり、中止をちらつかせて世界をハラハラさせてきた。そうやって「You’re fired!」といい出しかねない米朝首脳会談に人々の目を釘づけにしておいて、いざ本番では米朝トップの歴史的なコンタクトと希望溢れる未来を華々しく演出した。

外交の専門家やメディアの批判もどこ吹く風。トランプ大統領が意識しているのは秋の中間選挙であって、米朝首脳会談はその有権者に向けたリアリティショーなのだ。プロデューサーのトランプ大統領は専門家が評価するような具体的なコミットメントよりも、金委員長と劇的な握手を交わして、2人仲よくテレビカメラに手を振るほうが視聴率(支持率)を稼げることをよく知っている。

前任者たちが誰も成し遂げられなかったことを実現した。過去にアメリカは何度も北朝鮮に裏切られてきたが、今は政権も大統領も違う――。記者会見ではこれまでの大統領との「違い」を何度も強調し、核と弾道ミサイルというアメリカへの脅威が取り除かれた成果を訴えた。「戦争ゲーム」はムダにコストがかかると米韓合同軍事演習の中止も宣言した、韓国に一言の相談もなしに。

戦争捕虜や行方不明兵の遺骨の発掘、引き渡しを合意文書に明記したのも、アメリカの視聴者を強く意識したからだろう。中間選挙に影響ない日本の拉致問題は一言も入っていない。結果、支持率が50%を超えたのだから、歴史的リアリティショーはトランプ的にも成功といえるだろう。