【松尾】だから安倍政権は、別に「人びとの(People's)」ためにと思ってやってきたわけではない。有権者の一番の関心は景気問題なので、そこに注力してきただけなんですよ。そうすると、政策が非常に中途半端なものになるんですね。たとえば、本来金融緩和とセットになっている「第二の矢」の財政出動のほうを見てみると、一応政権発足後一年くらいは積極的な財政出動をやっていたんですけど、そのあとは財政赤字の増大を恐れて引き締めにまわっています。いつも選挙前になると、テコ入れのために一時的に積極財政をとるのですが、それが終わるとまた引き締めるということを繰り返してきました。
【ブレイディ】すっごい中途半端ですよね。
社会保障費の削減こそ景気回復の足を引っ張る
【松尾】僕の見る限り安倍政権は、メディアで報じられるほどには積極財政ではなくて、実質的に緊縮傾向に引きずられがちのかじ取りをしてきたように思われます。実際、財政赤字の拡大を恐れて、介護保険や生活保護の見直しなどを進めて社会保障費を縮小させてきましたから、その点では明確に緊縮的です。財政出動と言っても、コービンのように福祉や介護、住宅政策などの人びとのための事業に投資しよう、という発想がまったくないのです。そのせいで、その財政政策の振り向け先も、旧来型の自民党的な公共事業やオリンピックなどに向けられるばかりです。
でも、不況の際に社会保障費の削減なんかしたら、人びとはますます生活不安でお金を使わなくなるじゃないですか。そうしたら、人びとの消費(需要)がますます縮んでいって、総需要不足の状態が解消されないので、むしろ景気回復の足を引っ張ることになるわけです。だから、僕はよく「『アベノミクス』はアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものだ」と言って批判しているんですけどね。
【北田暁大(東京大学大学院情報学環教授)】安倍政権は、景気へのテコ入れとして中途半端な財政政策を散発的にとる一方で、財政赤字が膨らむのを恐れて、社会保障費を削ったり、消費増税をしてまかなおうとしている。その結果、安倍政権は緊縮なのか反緊縮なのかよくわからない、中途半端な状態をとり続けてきたということですね。
【松尾】そういうことです。しかも、消費税の増税はそのまま進めようとする一方で、法人税は減税している。法人減税で経済成長を促進させようという意図なんだと思いますが、前にもお話ししたように法人税の減税が経済成長につながるというのは、経済学的には必ずしも自明の事柄ではありません。これに対して、消費増税は明確に景気回復の足を引っ張ります。ここでも安倍さんはアクセルとブレーキを同時に踏んでしまっているわけです。