長寿の人が口をそろえる「今が一番幸せです」
センテナリアンたちを取材する中で、こんな疑問を抱くようにもなった。
「たとえ健康なまま長生きしたとしても、頭も体も若いころと同じというわけにはいかない。親しい人に先立たれることも多い。本当に長生きするのは幸せなことなのだろうか?」
そこで私は世界中のセンテナリアンに会うたび、「100年という長い人生のなかで、いつが一番幸せでしたか?」とたずねてみた。
すると驚いたことに、みな口を揃えて「今が一番幸せです」と答えるのだった。当時世界最高齢の116歳だったイタリア人女性も、その1人だった。家から一歩も出られない生活が14年も続いていたにもかかわらず、「今が最も幸福」とはどういうことだろう。
大阪大学の権藤恭之准教授によれば、彼らは認知機能が衰えたせいで、幸福だと錯覚しているわけではない。程度の差はあるが、人間は80歳くらいからものごとへのこだわりが消え、あるがままを受け入れるようになる。その傾向は年々強まり、100歳を超えるころには幸福度が急上昇するという。これを「老年的超越」という。お年寄りはたとえ動けなくても、心のなかでは人生に感謝し、幸福を感じている。この事実は介護をする人や看取る人にとっても安心材料になるかもしれない。
取材を通して、「100歳まで生きるのが人生の目的だった」というセンテナリアンにはめぐりあわなかった。彼らは自分の欲求に素直に従いながら、自然体の生活を送り、結果として、100歳という長寿を達成していた。印象に残っている言葉がある。あるセンテナリアンに、生きるうえで大切にしている指針や考え方を聞いたとき、こう答えてくれたのだ。「自分が自分のボスであること」だと。その答えには、幸福な人生を送るためのヒントが隠されているように感じた。
NHK ディレクター
1979年生まれ。一橋大学社会学部卒業。2003年NHK入局。神戸放送局、スポーツ報道番組センター、仙台放送局、報道局社会番組部などを経て、現在、大型企画開発センター。