「長生きのコツは◯◯を食べること」という法則はない

健康長寿のセンテナリアンの体には共通の傾向が見られる。それは「慢性炎症」の値を示す「CRP値」が、比較的うまく抑えられていることだ。

慢性炎症とは、あまり耳慣れない言葉かもしれない。体内に細菌やウイルスが入ったとき、防御反応として起こる、熱が出たり痰が出たりするなどの炎症は、急性炎症と呼ばれる。対して、急性炎症のように激しい痛みや発熱を伴わないが、加齢によって少しずつ進むのが慢性炎症だ。がん、認知症、動脈硬化、心臓病などを引き起こす要因になると考えられている。

この慢性炎症を抑える効果があるとして注目を集めているのが、「地中海食」である。世界には、アメリカ・カリフォルニア州の一部、日本の沖縄など、センテナリアンが局地的に集中する「ブルーゾーン」と呼ばれる長寿地域がいくつか存在する。そのうちのひとつが、地中海食発祥の地と言われるイタリア南部のアッチャローリで、なんと人口2000人のうち300人がセンテナリアンだと報じられ、世界から注目された。食事は魚やオリーブオイルやナッツ類、緑黄色野菜が中心で、これらの食材に含まれる脂肪酸やポリフェノール、リコピンには、抗炎症作用があることがわかっている。

しかし、ここで「地中海食を摂るのが、センテナリアンへの近道だ」という結論にはならない。ボローニャ大学のフランチェスキー名誉教授らは、ヨーロッパの5カ国で地中海食を1年間食べ続けたグループと、食べなかったグループを比較するという実験をおこなった。するとイタリアとオランダでは食べたグループの慢性炎症の数値が明らかに下がったが、イギリスでは炎症レベルは変わらなかったのだ。

国によって食事の効果に差がある理由のひとつが、腸内細菌叢(腸内フローラ)の違いだとフランチェスキー名誉教授は見ている。人間の腸管には数百兆個の細菌が生息しており、その種類や組み合わせは人種や住んでいる地域によって違う。そのため同じものを食べても効果に違いが出るのではないかと推測される。

世界各地のセンテナリアンを取材した結果、「長生きのコツは◯◯を食べること」というような共通項は、結局、見つからなかった。センテナリアンたちは何かを極端に多く食べたり、食べなかったりということがない。ごく「普通」なのだ。これは食べる量についても同じで、満腹になるまで食べすぎることがない。内臓脂肪がたまると、慢性炎症を引き起こす物質が排出されてしまい、さらに肥満は生活習慣病の原因になる。センテナリアンには肥満も痩せ型も少なく、若いころから標準的な体重を保ってきた人が多かった。

またセンテナリアンは、仕事やスポーツ、家事などで日常的に体を動かしている人が目立つ。前出の理容師は105歳の今も8時間のフルタイム勤務で、髪を切るときは立ちっぱなし。千葉県で和菓子店を営む101歳の女性は、「看板娘」として店頭に立ち、正確におつりを暗算する。日野原先生が医師として生涯現役だったことはいうまでもない。

しかしこれも、「センテナリアンはみんな、毎日◯◯をしている」という共通項でくくれるわけではない。あえてまとめるなら、食事も生活もなにごとも極端にふれず、一定の範囲におさめる、というのが特徴的なライフスタイルとでも言おうか。この「過剰なことはしない」「無理はしない」という生き方が、健康的な生活を持続可能にしているのかもしれない。

その結果、センテナリアンは亡くなる直前まで元気であることが多い。彼らはまったく無病というわけではないが、何年も寝たきり生活を送った末に亡くなるということがほとんどない。介護認定を受けることもなく、ろうそくの炎がふっと消えるように自然に亡くなっていく。人間には生きるためのバッテリーである「予備能」というものが備わっていると考えられている。この予備能が残っているうちは、たとえ病気で動けなくなっても、すぐに死に至ることはない。センテナリアンたちは、この予備能をきれいに使い切ってから、亡くなっていくように思える。