羽生が自分より強くなることぐらいわかっていた――二上九段

名人・羽生善治の師匠 二上達也 九段
1932年、北海道函館市生まれ。タイトル戦登場26回、うち獲得5期。順位戦A級通算27期。永世名人・大山康晴の全盛期に孤軍奮闘し、タイトル(62年・王将)をもぎ取った。90年引退。89~2002年、厚い人望で日本将棋連盟会長を務める。

相撲と違って、将棋の師匠はあれこれと弟子の面倒は見ません。

制度上、プロになるためには誰かの門下に入らなければいけない。それで師匠がいるわけですが、師匠は基本的にはなにもしない。将棋の指導はしません。昔は弟子が師匠の家に住み込んで、掃除・洗濯・買い物とこき使われたものです。そんな時代ですら、師匠は弟子に将棋を教えない。プロを目指す人間は意欲も強く、才能もある。だから細かい指図をするよりも問題が起きるまで見守るほうがいい。

この世界では、師匠と3番指したら故郷へ帰れ、と言われます。1回目は入門時。弟子がどのくらいの棋力かを見てやる。2回目は、実力をつけて有段者になったとき。勝負をつけるような対局ではないんですが、弟子の将棋をもう一度見る。そして3回目は最後まで指す。いわば餞別がわりで、おまえは見込みがないよ、と。引導を渡すことだけは師匠の役目です。それは彼らを路頭に迷わせないためでもある。持っている意欲と才能を、別の道で開かせなさい、ということです。

ただし、これも相撲とは違って師匠も現役棋士である場合が多いですから、公式戦で弟子と将棋を指す場合がある。これなんかは嫌なものです。棋士ですから負けたくないのですね。見込みのある弟子は師匠よりも強いに決まっていますから。私が引退したのは、羽生と順位戦を戦いたくなかったから(笑)。翌年、羽生が同じクラスに上がってくる、その前に辞めました。