父曰く「天才じゃない」から発明できた

分数ものさしの開発譚を聞いていると、賢一朗君はさぞや天才少年なんだろう……と思えてしまうが、父親の裕一朗さんから見るとまったく逆なのだという。

東京に来た賢一朗くんに、東京で行きたいところはある? と聞くと「観光地は行ったことがあるから、東大の赤門が見てみたい」と。一方、一番行きたい場所は、長さ184mの水路で実際に津波が起きる様子が見られる神奈川県横須賀市の港湾空港技術研究所だという。

「仕事柄たくさんのお子さんを見てきました。そのなかには、いわゆる『地頭のいい子』も何人かいました。でも賢一朗はまったく違うタイプ。興味のあるものはどんどん吸収するんですが、それ以外のことは何度教えてもなかなか覚えない。経験上、幼児期から低学年くらいまでに、基本的な学習能力は決まると思っています。ムラのあるタイプの子は、勉強量をできるだけ積み重ねて、もっている素質の底上げをしておく必要があると考えていました」

裕一朗さんは賢一朗君に「おまえは天才じゃないから努力しろ! 他人の100倍勉強しないとだめだ」と宣言。テスト前、賢一朗君の勉強内容をチェックして「この程度で安心していいのか? まだまだだろう!」とできるまで机に向かわせた。時には夜10時や11時になることもあったという。

「あの頃は賢一朗にいつも厳しく、冷たく接していましたね。毎日泣かせていましたよ」(裕一朗さん)