【その5】許してもらおうとする
謝罪を台無しにするもうひとつのやり方は、謝ったと同時に、許しと救済への切符を自動的に手にすることができたと思うことだ。これはあなた自身とあなたが安心できるかどうかの問題でしかない。「ごめんなさい」という言葉は、傷ついた相手から許しをもらうための取引材料と見なすべきではない。
ただし近い間柄においては「私を許してくれますか?」とか、「どうかお許しください」といった言葉が儀礼的になっている場合もある。だから、傷ついた側の人がそれを受け入れられる関係ならば、謝ると同時に許しを求めてもかまわないだろう。だが、基本的には、あなたが傷つけたほうの立場だとして、あなたのほうが許しを期待したり要求したりする、あるいは機が熟すのを待たずそれを求めてしまうと、せっかくの謝罪を台無しにしてしまいかねない。ここにひとつ例がある。
▼許しの要求は、謝罪の価値を減じてしまう
ドンは、14歳になる娘を自転車仲間とのサイクリングに連れていった。妻のシルビアはもともと誰であれ他人と一緒に娘が自転車で走るのには反対で、ずっと昔にドンはその考えを尊重すると約束していた。約束を破ったドンは、母親には内緒にしておくようにと娘に言った。「だって、絶対に怒るのがわかっている」のだから。
ところが娘はうっかりその秘密を母親に漏らしてしまい、母のシルビアは激怒した。ドンは、自分の不適切なおこないについてざんげした。だがそのあとで、シルビアにしつこく許しを求めたのだ。たぶんこんな感じのことを言ったはずだ。「ぼくのしたことが深刻だったのはわかっているし、きみが怒るのも当然だ。その怒りを収めてもらうために、何かできることがあるなら教えてほしいんだ」
シルビアは、許しを強要するドンの態度に圧迫感をおぼえた。それにより、彼女自身の内側から自然と出てくるはずの許しの気持ちが入り込む余地がなくなってしまったように感じたのだ。シルビアには、ドンがテーブルをくるりと回転させて自分を被害者の位置に置き換えてしまったように思えた。そんな彼を許そうという気にはとうていなれなかった。
心からの謝罪を伝えるとき、その謝罪が許しと和解につながっていくことを願うのはもちろん自然なことだ。だが、許しの要求は、相手をせかし、また間違った扱いを受けている気にしてしまうことで、謝罪の価値を減じてしまう恐れがある。謝罪には、それ自体が根を下ろすまでの時間と空間を必要とすることがしばしばあるのだ。
心理学者。女性と家族関係の心理学を専門とする、米国内でもっとも愛され、尊敬を集める人間関係のエキスパート。心理学者として20年以上にわたりメニンガー・クリニックに勤務し、現在は、個人で開業している。ニューヨークタイムズ・ベストセラーとなった『The Dance of Anger』(邦訳『怒りのダンス』誠信書房)をはじめとする著書は、世界で300万部以上売り上げている。夫とともにカンザス州ローレンス在住。大きくなった2人の息子がいる。