なぜ「鼓動」でなく「魂動」?
【池田】前田さん。重大な疑義を差し挟みますが、これまでのお話を総合すると、もしかしたら「魂動」じゃなくて「鼓動」の方が良かったんじゃないかと思うんですが。命の象徴として鼓動で、鼓動が止まれば死ぬ。原始的で力強いイメージも含めて「鼓動」だったのでないですか?
【前田】うーん、ああー……それは僕も散々悩んだんです。実はひとりで半年間悩んだところです。僕の中で結論づけたのは、ものを作るわれわれが何かを込めていくという意味で「魂を込める」よな、と。できたクルマだけで考えると「鼓動」なんですが、そこに作る側のもっと深い哲学を込めたかった。だから「魂動」だと。デザインテーマではなく、われわれは「デザインフィロソフィー」と呼んでいます。
【池田】なるほど、そのデザインフィロソフィーとしての「魂動」というテーマを全社に共有して行くのは大変だったでしょう。いったいそれはどうやっているのですか?
【前田】おかげさまでだいぶ「魂動」のフィロソフィーは共有されてきている感じがしています。色んな階層にわけながら、あるいは本部ごとに最低一年に一度は「魂動」についての話をしています。「デザインは過去にこう考えていて、今はこう考えていて、将来はこういう風に行くよ」というのを全社に説明するコミュニケーションを、ずーっとやり続けました。2011年くらいからずっと。もちろんデザインチームと同じレベルでそれを全員が本当に理解しているわけではありませんが、「命を与えるんだな」という所ぐらいまでは伝わっていると思います。でもそういう理解が得られた結果、例えば生産技術の人が、ドラスティックにアーティスティックな方向に振れたりしています。そういうコアな連中もいるんです。
【池田】そういうコアな人たちがクルマ作り全体の方向をあらゆる場面で引っ張ってくれるということですね?
「ハードルは高いほどいい!」生産現場からデザインをあおられる
【前田】プレスの技術者からは僕があおられてます。「ここの指示はこういう形状で来ているけど、魂動デザインのためにはもっとシャープな方がいいんじゃないの?」とか。で、「でも、それ(作るのが)難しくない?」と聞くと、「ハードルは高いほどいい!」とか言い始めるんです。あるいは塗料のチームですね。僕が指示したわけじゃないのに、「魂動デザインの微妙な抑揚を形として見せるために、新しい塗装法を開発しました」とか言ってくる(笑)。
【池田】なるほど……普通は逆ですよね。デザインが製造側に「こう作れ」と指示して「無理です」と返ってくることはあるけれど、デザインの指示に対して「もっと難しくしましょう!」と製造が言ってくるなんて、聞いたことがないです。マツダって、本当に変な会社ですね(笑)。