「自己管理をして命がけで産みます」

47歳で初産をした女性の例を説明しましょう。

アーティストとして活動してきたKさんは、思いがけない妊娠に気づいて当院に来られたのは46歳という高齢でした。40代の後半にもなれば、分娩そのもののリスクが大きく、高血圧などの付随するリスクも多くなり、文字通りお産が「命がけ」になる確率が高いといえます。

この事実を踏まえ、Kさんを目の前に私は「必ずしも優しい言葉はかけられません。リスクを正しく理解して、厳しい節制をしていく必要がありますが、できますか?」と尋ねると、Kさんは「わかりました。きちんと自己管理をして命がけで産みます」と、覚悟を決められました。

それからKさんは食事記録をつけて体重や塩分をコントロールし、積極的に食事指導を受けておられました。血圧のチェックも毎日欠かさず行っていました。Kさんは健診のたびに「次の健診までに何をすればいいですか?」と話を聞いてくれました。

40代女性の高齢出産ではリスクを考え、帝王切開で計画出産するケースが大半でしたので、Kさんにもそのように提案すると「分娩中に母子のどちらかの負担が大きくなったら、いつでも先生の判断で帝王切開や無痛分娩にしてください。でもこれでお産は最後だと思うので、陣痛が来るのを逃げないで自然に待ちます」と意思を伝えられました。

出産予定日の前日、陣痛が始まりました。子宮口が全開になったとき、赤ちゃんが下りだす瞬間を待ってKさんは5回ほどいきみ、元気な赤ちゃんが誕生しました。Kさんの妊娠も出産も、産科医として長年お産に携わってきた私も感動を覚えるほどの、実に見事な出産でした。

妊娠・出産とは、赤ちゃんを楽に子宮の内から外の世界へ導いてあげて、母体のダメージをいかに少なくするかということに尽きると思います。妊娠期間にどのような生活をおくればよいのかという判断基準はこの1点だと私は確信しています。妊婦さんや妊婦さんの周りの方はそれを忘れずに世間の風潮に流されずにしっかりと妊娠・出産と向き合ってほしいと思います。

小川博康(おがわ・ひろやす)
日本産科婦人科学会専門医
小川クリニック院長。医学博士。1955年生まれ。1985年日本医科大学卒業。同大学産婦人科学教室、横浜赤十字病院副部長などを経て、現職。産婦人科専門医として多数の出産、産科救急の現場を指揮する。同クリニックは横浜市内の19床以下の施設で年間分娩数3年連続1位。著書に『「安全神話」の過信が招く妊娠・出産の"落とし穴"』(経営者新書)などがある。
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