痴漢はギャンブルなどと同じく行為・プロセスにハマる“行為依存”ですが、自己治療仮説はここにも当てはまります。強いストレスや劣等感、不安感、孤独感に心が支配されたときに一時的にでもそれを棚上げしたい……。その一心でギャンブルに興じ、痴漢行為に耽溺します。
日本人男性は自身の感情を言語化することに慣れていません。女性と比べると感情豊かなコミュニケーションの機会が少なく、気持ちを小出しにすることに長けていないので、自分でもいま自身の内面で何が起こっているのかがよくわからないまま痴漢行為に走り、次第に頻度が高くなり、常習化します。何がなんだかうまくいえないけど、でも苦しい。彼らはそんな状態からどうにか脱出したいのです。
「自己治療」として機能してしまった痴漢行為
めずらしい例では「幼少期から患っていたパニック発作をやわらげるため」に痴漢行為に及んだ者もいました。
高校に進学して電車通学をはじめた。電車は僕にとってはストレスが多いから、できれば自転車で通える学校に行きたかったけど、お母さんがあの学校に行ってほしいと思っているのはわかっていたから仕方ない。ああ、今日も電車に乗ると発作が出てしまう。苦しすぎる。早く駅に着いてくれないかな。こんな日が明日も明後日も……いや、3年間も続くと考えるとそれだけで死にたくなる。
だけどあるとき僕は気づいた。近くに立っている女子高生の身体に触れ、その行為をバレないように続けていると、発作が治まることに。手の感触に意識を集中しているから、発作前の緊張感が和らぐのかな。最初は狐につままれたような感覚で信じられなかったけど、何度試してもそうだったから、もう間違いない!
痴漢が自己治療として機能してしまっているので、彼はその後、何度もその行為をくり返しました。一度ならずたびたび補導され親にも知られるところとなりましたが、それでもやめられずに高校在学中、大学進学後も犯行を重ね、社会人になってから逮捕されました。いうまでもなく、痴漢行為に発作を止める効果はありません。しかしそれをしているときにパニック発作の前兆を回避できたというのは、彼にとっては真実でした。
本人がどんな苦痛を抱えていても、女性に加害行為をするのは許されることではありません。される側からすれば理不尽な暴力以外の何ものでもなく、加害者の事情などどうでもよいことです。しかし、もし彼が早くから自身の苦痛を自覚し、適切な相談機関へつながり、まったく別の対処行動を学ぶことができていれば、被害者を出さずに済んだかもしれないのです。