※以下は斉藤章佳『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)「まえがき」と第2章からの抜粋です。
数は多いのに、実際にどんな人物なのか表に出てこない。それが痴漢です。それなのに社会では、ありあまる性欲を持て余した気持ちの悪いモンスターのような男性や、女性に相手にされない非モテ男性といった誤った“痴漢像”が定着しています。これでは痴漢をひとりでも多く捕まえて撲滅しようにも、適切な対策がとれません。
痴漢という日常的な性暴力、そして痴漢に対する社会の態度に、私は日本における性犯罪の問題点が凝縮していると感じます。痴漢の実態を知り、彼らが何を考え、痴漢行為をとおして何を得ているかを知ることが、痴漢撲滅を目指すうえでの第一歩となります。
痴漢とは学習された行動です。つまりその行為は、新たな学習や治療教育で止めることが可能です。性犯罪のなかでも痴漢は比較的、再犯率が高いことで知られています。自身の罪を償い、専門医療機関での治療を受けて痴漢行為を手放す者が増えれば、痴漢の発生件数そのものを減らすことができます。私たちがそれを目指し、日本ではじめて「再犯防止プログラム」を立ち上げてから、2017年で12年が経ちました。
意志が弱いから依存症になるのではない
すべての依存症には、自身の内にある心理的苦痛や不安感、孤独感を一時的に和らげる効果があります。この仮説を私たちは“依存症における自己治療仮説”と呼んでいます。
依存症のなかでも身体に物質を入れるもの、つまり薬物依存やアルコール依存は特にその傾向が顕著に表れます。お酒や薬物は、彼らにとって鎮痛剤。それを飲んだり投与したりすることで身体と心を麻痺させ、ほんのいっときでも苦痛や不安から逃れようとしているのです。
意志が弱いから、あるいは性格がだらしないからこうしたものに溺れるのではなく、彼らなりの目的があっての行動です。酒や薬は、自分を裏切らない。確実に酔いが得られるからこそ、最初の一杯、最初の一回に手を出してしまい、やがて自分では止められなくなる……。エスカレートするのはSOSのサイン、と前述しましたが、苦痛や不安がいままさに増大しているのを周囲に知ってほしくて、ますますしていきます。このような逆説的なSOSを「パラドキシカル・メッセージ」といいます。