従来のプレゼンでは、技術面のアピールが中心。すると、商品開発部からは「技術はすごいけど、商品として現実問題どうなの」といった疑問が寄せられ、煮え切らないまま企画は保留、またはボツになることが多かった。中山さんはこの経験を生かし、「安くて、早く」商品化できることを真っ先に訴えた。
「短納期のアピールは効きました。うちの部長は気安く『じゃ、1年でできるな』と。それに対して商品開発部の部長が『それならやろうか』というような掛け合いもありました。結果的には、そこから2年半かかりましたけどね(笑)」
中山さんの作戦は大成功だった。
「前例がないものを提案したので、正直、少し不安でしたが、立場が違う商品開発部の人たちも『おもしろいね、やりたいね』と言ってくれた。彼らを巻き込むことができて、もう万々歳です」
この会議で試作用の金型を起こす次のステップに進めることが決まり、中山さんはまさにしてやったり。回転シャープを商品化するということで、商品開発部も同じ方向に歩き出したのだ。しかし、数カ月後、一転して地獄を見ることになるとは少しも想像していなかった。
それから約半年後の06年春。試作品が社内モニターにテストされた。
「シャープペンシルの開発を悶々とやってきて、やっと『これぞ!』という企画が出て、試作品をつくるところまで順調にきた。社内アンケートでとっとといい結果をもらって、商品化までとんとん拍子に持っていこうと思っていた」という中山さん。しかし、商品開発部はまったく違う考えを持っていた。斉藤拓郎さん(商品開発部商品第二グループ係長)は言う。
「芯が回るメカ自体はできあがっていましたが、筆記具としての完成度はイマイチだった。ただし、中山たちの苦労を間近で見ていると、面と向かって『書き味が悪い』とはなかなか言いにくい。そこで半ば確信犯的に利用したのが社内アンケートです。開発サイドの近くにいる人たちはどうしてもバイアスがかかってしまうので、回転シャープに思い入れのない、開発から遠く離れた部署の人に試してもらうことにしました」
社内アンケートは商品特徴の説明もないままに実施され、案の定、書き味が悪いなどのネガティブな回答が多く寄せられた。それを受けて商品開発部内で導き出された答えは、商品化には時期尚早。こうした背景のもと、06年7月に運命を決める会議は催された。