プロジェクト開始は2011年。きっかけは、東日本大震災だった

「TRAIN SUITE 四季島を企画したのは、ななつ星in九州の成功、好調がきっかけなのですか」

もっとも気になる質問を直球でぶつけた。マネではないのか? という失礼な問いである。高橋氏は苦笑しつつ、こう答えた。

「よく言われます。しかし、ななつ星in九州の正式発表前に、私たちのプロジェクトは始まりました。私たちの動機は、東日本大震災でしたから」

TRAIN SUITE 四季島の企画書は、東日本大震災の話から始まる。

時系列を整理しよう。JR九州の豪華列車について、鉄道車両デザインで著名な水戸岡鋭治氏が2010年9月に雑誌で「構想している」と語った。この構想を受け、JR九州が水戸岡氏によるイメージイラストで車両編成を公開。個室寝台と食堂車、展望車があり、2泊3日で15万~20万円という構想だった。それが2011年1月末。正式決定の報道発表は1年後、2012年5月だった。運行開始は2013年10月だ。

JR東日本のクルーズトレイン構想は2013年6月に発表された。2012年10月に策定したグループ経営構想に基づき、観光立国の推進、同社のフラッグシップトレインと位置づけた。ななつ星in九州の運行開始前だ。ちなみに、JR西日本の発表はその少し前、2013年3月発表の中期経営計画に「新たな豪華列車」と記載している。正式発表のタイミングから、JR九州のまねをしたのでは? という印象を受けたため上述の質問となったわけだ。しかし高橋氏によると、実際のプロジェクトスタートは2011年。JR九州が正式発表するよりも前だったという。

きっかけは、同年3月の東日本大震災だった。JR東日本のフィールドである東北を大切にしたい。そのために何をすべきか。八戸線に観光列車TOHOKU EMOTIONを導入した。ポケモントレインも走らせた。SLも復活させた。しかし、これまでにない、新しい鉄道の旅を作りたい。もちろん水戸岡氏の構想などは耳に入っていただろうが、スタートラインは同じ時期。しかしJR九州のほうが決断と実行が早かった。

北三陸を走るレストラン列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」。JR東日本が運行する人気の観光列車だ。

私たちは東北で勝負しなくてはいけない

「私たちは東北で勝負しなくてはいけない」。高橋氏は続ける。日本の人口減少ワースト4県は東北にある。しかも、あと20年で30万人減るという予測もある。秋田市の人口とほぼ同じ。そもそも秋田県は人口100万人を切っている。JR東日本にとって、これは社会問題では済まされない。

「私たちはそこへ、真っ赤な“こまち”を走らせているわけです。JR東日本の新幹線はビジネス需要が半分くらい。新幹線に乗っていただくにも、観光に力を入れなくてはいけない。新幹線建設も終わり、次の手を考える必要がありました」

JR東日本は首都圏の通勤通学需要に支えられている。しかし、観光、旅行となると、首都圏在住の人々は名古屋、京都、大阪へ行ってしまう。東海道新幹線はJR東海だから、JR東日本の売り上げにはならない。旅行客が飛行機を選んだら、JR東日本にメリットはない。JR東日本の弱点であり伸びしろは東北だった。シニアに人気の「大人の休日倶楽部」も、東北観光誘致策のひとつと言える。