ウィン-ウィン-ウィンの仕組みとは

もう一方の「追加型」の協調戦略の事例としては、ネット印刷通販のラクスルが挙げられます。同社自身は印刷機を持っていませんが、高品質な印刷を安く速く仕上げることを強みにしています。なぜそのようなことができるかというと、全国の印刷会社を会員組織化して、ネットで注文を取り、すぐに対応できる会社に印刷を割り振っているためです。印刷業界は仕事の変動量が多く、平均稼働率が5割程度と低いため、設備が空いているタイミングで仕事がくれば、安くても対応します。発注者は速く安く印刷ができ、印刷会社は設備稼働率が上がり、自身は仲介手数料を受け取る、ウィン-ウィン-ウィンの仕組みをラクスルはつくりました。

印刷業界は中小規模の会社が多く、マーケティング機能を持っていないところがほとんどです。また、ラクスルは発注だけでなく、印刷用紙やインクなどを集中購買し、印刷会社に安く卸すサービスも提供しています。ラクスルは、そうした印刷会社のバリューチェーンに従来欠けていた機能を追加したのです。

また、同社はハコベルという新しいサービスも始めています。このサービスは、印刷機をトラックに置き換えたと考えるとわかりやすいでしょう。印刷業界と同様に多重下請け構造で、繁忙期と閑散期の差が大きいのが運送業界です。ハコベルでは運送業者を組織化し、荷主と運送業者をネット上でマッチングさせることで、安く速く配送する仕組みを構築しています。

ラクスルのケースからわかることは、たとえ成熟産業でも、新規事業を起こせる可能性があるということです。誰もが注目するような産業は、多くの企業が参入しようとするため、あっという間に“満員のバス”のようになってしまいます。むしろ「この産業はもうダメだ」といわれているような分野に着目し、新たな機能を加えて業界全体を活性化させるようなビジネスを考えることが有効でしょう。

ビジネスでは、他社と競争することを当たり前のように考えがちですが、産業が成熟すると、過当競争によって組織は疲弊し、利益率も低下します。このような状態から抜け出すには、「競争しない状態をつくることによって利益率を高める」という視点も大切です。その方法の1つが、ここで紹介した協調戦略=バリューチェーンの一部の機能に特化して、競争しない戦略を構築する方法です。ご自分の働く業界に置き換えて、考えてみてはいかがでしょうか。

(構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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