社会とつながる行動のポイント
最後に社会とのつながりを作るためのポイントだけを少し紹介しておこう。
(1)助走の大切さ
定年後、趣味や興味のあることを仕事にしたいのなら、会社に在籍している時から市場調査や商売のやり方を考えておく必要がある。例えば、メーカーの管理職から美容室を開業した人は、50歳から美容師の資格を取得することから始めた。定年後にイキイキしている人の多くが定年より前に動き始めている。やはり会社員人生の後半戦が始まる40代後半や50代から少しずつ助走を始めるのが理想的だ。
(2)会社員で培った能力や力量を役立てる
中高年になってからゼロから何かを始めるとすると、長年の会社生活で培ってきた仕事のレベルまで到達することは容易ではない。むしろ今までの経験や知恵を生かして、新たな社会とのつながりを探そうとする姿勢が大切である。私が取材してきた人も直接、間接に会社で培ってきた技能や人脈をうまく使っている。技術的な専門性を生かして次のステップを目指すとか、自らの長い海外経験を生かして海外進出を図る企業に対して指導や助言を行うなどである。
また本業である会社の仕事をないがしろにしないというのも大切なポイントである。本業をおろそかにすれば、新たな取り組みの質も落ちる。一人の人間がやることはつながっていて簡単に分離はできないからだ。この点を勘違いしているビジネスパーソンもいるので留意が必要だ。
(3)子どもの頃の自分に立ち返る
定年後にイキイキしている人を取材して気が付いたのは、子どもの頃の自分をもう一度呼び戻している人が少なくないことだ。モノ作りが好き、落語、映画、口笛、尺八、海外生活への憧れ、実家での農作業などの好きだったことや、「いつも消極的な性格だった」というコンプレックスなどが次のステップを切り拓いている例がある。小さい頃の自分と現在の自分が結びつくと一つの物語になるので、これを持っている人は強い。宝物は自分の外にではなく、自らの子ども時代に眠っているというのが私の実感だ。
(4)自分を変えるのではなく、どこに持っていくか
定年後どうするかを考えるときに、自分を変えなければと考えている人が少なくない。そういった転身願望に応えるような書籍なども多い。しかし人は簡単には変われない。むしろ「ありのままの自分」をどこに持っていけば、社会とつながることができるかといった視点が大切だ。社内では専門性が高いと思えない総務や経理担当者の知識でも、老人ホームや障害者の介助を行っているNPOにおいては重宝されることもある。大手企業では先端と言えなくなった技術でも、求める中小企業にとっては役立つことを実感したという技術者もいるのである。
1979年 京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に、 経営企画、支社長等を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆に取り組む。15年3月定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学人間科学部非常勤講師。著書に 『人事部は見ている。』、『サラリーマンは、二度会社を辞める。』、『経理部は見ている。』 (以上、日経プレミアシリーズ)、『働かないオジサンの給与はなぜ高いのか』(新潮新書)、 『左遷論』(中公新書)など多数。17年4月に『定年後―50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)を出版。