「お金がない」は闘病以前の問題
妻は緩和ケアで泣きながら悩みを聞いてもらうようになりましたが、娘の前では元気に振舞っていました。死期が近づくと人間は悲惨な状態になる、ということが娘のトラウマにならないよう、必死になって堪えていたのです。
極度の我慢をすることは地獄です。生まれてこなければよかった、と思うほどです。
そのうち私は取材して文章を書くことができなくなりました。そのため自宅のみで仕上げることができる校正の仕事をメインにするしかありませんでしたが、こちらのほうが儲かり、光が見えてきたのです。
書く仕事をほとんど捨てることになったため寂しく思いますが、お金の問題が解決する兆しが見える仕事をすることに、やりがいを感じることはできました。そして、少しですが、気持ちに余裕がもてるようにもなりました。いうまでもなく、お金を稼げば稼ぐほど、妻を安心させることにつながり、自分の存在意義も見出せるからです。実際、妻も私もうつ状態がかなり改善しました。
闘病者はもちろん、サポートする側も、うつ状態で今の仕事をすることに限界を感じているのなら人事部に相談し、異動願いを出すべきだと思います。たとえ花形部署にいたとしても、です。がんという強敵と対峙するには、うつ状態では勝ち目がない、といっても過言ではありません。
一筋の光が見えてきたわが家では、以前よりも家族同士、思いやる気持ちが強くなりました。この気持ちが弱まれば、運が逃げていくような気がするからです。私の場合、家族に対して、ゆっくりしゃべるよう心がけています。そうすることで、自然とやさしい口調になるからです。特に気持ちに余裕がないときは、このことを自分に言い聞かせるようにしています。
「お金の心配が一番体に悪い」と妻はいいます。私も妻を見ていて、そう感じていました。このことはサポートする側にしてもそうです。お金がないということは、闘病以前の問題といってもいいのかもしれません。お金があってもがん闘病はつらいものなので、もうこれ以上、妻を苦しめないために、これからも必死になって働いていこうと思っています。