請求した金額によっては降格、懲戒、解雇と続く最悪のシナリオも十分考えられる。ポイントは労働法上、「会社には人事権がある」ということだ。

合理的な尺度で従業員の能力を評定し、昇進・昇格・異動などの処遇を決める。これは労働契約によって認められている使用者(会社)の権利だ。常識的に考えても、経済活動を行っている組織(会社)において、お金や帳票類の扱い方が粗雑であり、しかも失敗が度重なるようでは信用を落とすのは当然だろう。仮に従業員サイドが「昇進できない(左遷された)のは不当だ」と裁判所に訴えても、勝てる見込みは少ないといわざるをえない。

他方、上司と経営者(取締役)については、悪質な事例の場合は、法的責任を問われる。悪質というのは、例えば部下一人がミスをしただけではなく、同様のケースが頻発し、かつ金額が大きいにもかかわらず、有効な対策を行わずに会社に損害を与えたという場合だ。この場合、上司や経営者は不法行為による損害賠償責任(民法709条)、使用者責任(民法715条)を負わされる恐れがある。このとき上司が問われるのは民法上の責任であるのに対し、経営者の場合は会社法上の取締役としての責任という違いがある。

現実には、法的リスクよりも管理者としての能力を問われることのほうが重大なリスクだ。上司も本人の場合と同じく「出世ができない」「左遷される」危険性があるが、経営者の場合はより深刻で、管理能力がないとして、役員としての資質を問われ、株主代表訴訟(会社法847条)へと発展しかねない。最悪、株主総会で解任動議を出されてもおかしくないのである。

ビジネスマンの「法務力」が今ほど必要な時代はない。法務力とは、自分で責任を持って判断できることは自分で判断し、リスク「センサー」能力とリスク「コントロール」能力を持つこと。この法務力を高め、不測の事態に対処していくべきなのだ。

(構成=面澤淳市)