ジョブズが重んじたシェアの精神
オバマが大学で学んでいた80年代は、彼が専攻する法学や政治学にプラグマティズムが最も影響を与えた時代だった。その後、「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長に就いたときや、シカゴ大学ロー・スクールの教員時代には、同僚と共にプラグマティズムの思想にふれているという。
たとえば09年のノーベル平和賞受賞の演説の中で、「我々は誤りに陥る。間違いを犯し、自尊心、権力、ときには邪悪の誘惑に屈する。最も善意を持った人々も、目の前の悪をただすことができないときはある」と述べたのがそうだ。また今年、アメリカの大統領として初めて広島を訪れたときは、核兵器のない世界を理想に掲げながらも、「私が生きているうちにこの目標は実現できないかもしれない」とスピーチしたことにもプラグマティズムを感じるという。
「自分が正しいとは絶対にいわず、相手の立場も考えながら理想に一歩一歩近づこうとしています。デューイは、二項対立はお互いに影響を受け合うといっています。オバマの、対立軸よりも融和を重んじるスタイルはプラグマティズムそのものなのです。ただし、それゆえ弱腰と批判され、トランプ陣営に攻撃される材料となりましたが……」
さらに大賀氏はこう続ける。
「オバマが融和政策を進め、希望を訴えた姿勢の背景には、絶対的な正しさ(唯一の真理)への懐疑があります。多元的な正しさを認め、それらの連帯を訴える姿勢もプラグマティズムに通じます」
プラグマティズムはスティーブ・ジョブズなどシリコンバレーの起業家たちにも浸透しているといわれる。
「一番驚いたのはiPodを発売したとき、音楽をコピーして聴こうという考え方でした。自分の権利を頑なに守るのではなく、みんなでシェアしようという柔軟な姿勢に、プラグマティズムの世界観を感じます」
大勢で共有し、よいサービスにしていこうという民主主義的な思考プロセスが表出しているという。
「05年にスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチの中で、失敗が結果的にはよかったと話しています」
自分の経験を活かしながらよりよいものにし、成功につなげていくような生き方、考え方は、「いま」を重視し、仮説を立て検証し、間違っていたら仮説を修正していくプラグマティズムの思想と重なってくる。
「アメリカという国は先住民がいたとはいえ、ヨーロッパやアジアから人々が集まり、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら開拓していった国です。もともと、プラグマティズムの思想を受け入れやすい土壌があるのでしょう」と、歴史的な源泉があるとも大賀氏はいう。