炎上からのリカバリーはどうすればいいのか?

【山口】為末さんも結構、炎上されていますよね?

【為末】僕は7年くらいツイッターをやっていますが、以前「アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%」とツイッターに投稿して、勢いよく炎上しました(笑) 文脈としては、成功者が語る「やればできる」という話は、誰にでもあてはまるわけではない、ということが言いたかったのですが。炎上してしまった場合、当事者はどうしたらいいんですかね。

【山口】炎上したことによって、私の考えが直接のフォロワー以外にも知られたんだな、くらいに受け止めておけばいいんじゃないでしょうか。為末さんはご著書『逃げる自由』で、読者からの「攻撃的なお局様にはどう接したらいいか」という相談に対して、お局さまとの関係を変えようとするのではなく、距離を置いて観察するようなつもりでつきあえばいいと書いておられましたが、まさに炎上も同じです。「なんかまた攻撃的な人が出てきたな」くらいに思えばいいのではないかと。

【為末】そういえば僕が過去に最も攻撃されたのは、相手にまともに反応してしまったときですね。何度かツイッター上でやりとりのあった一般の方で、いつもは言葉遣いもちゃんとしているのにその時だけやけに攻撃的だったんですよ。で、思わず「日常で何かありましたか?」と返したんです。そうしたらものすごく怒られてしまって。

【山口】結果的に火に油を注いでしまったんですね(笑)

【為末】炎上したときの謝罪や取り下げの判断基準って、ありますか?

【山口】単純ですが、擁護コメントがどれだけ付いているかではないでしょうか。例えば為末さんのケースでは、おそらく賛同者が結構いたと思うんです。

【為末】そうですね。「言ってることは間違ってない」という意見もかなりありました。

【山口】そういう場合は、取り下げたり謝罪したりする必要のない発言なわけです。そもそも、賛成を表明するってリスキーなことなんですよ。過激な反対派が自分に矛先を向けてくる可能性もあるわけですから。

【為末】それでも「いや、間違ってないでしょ」と言ってくれる人がいるということは……。

【山口】それなりの妥当性があるということです。

【為末】炎上からの社会的なリカバリーの方法について言うと、いわゆる「忘れられる権利」みたいなものも必要になってくると思うんです。

【山口】議論に上ることも増えてきましたね。

【為末】もし意地悪な人たちが誰かを攻撃したいと考えて、その人の不利益になるようなコメントをとにかくたくさんネットに残しておくとしますよね。そうすると、後日その人が別の人によって検索されたときに、まとめサイトなどがヒットして、長期的にダメージを受けることになります。僕らのような商売であれば、新しい情報を提供することで葉っぱを森の中に隠せますが、ほとんどの人は森を作れないじゃないですか。

【山口】有名人じゃない人たちというのは、そもそもインターネット上にあまり情報がないので、一度炎上してしまうとその話がいつまでもネット上の目立つところに残ってしまう。これではいつまでも忘れられる権利を行使できないですよね。

【為末】対応が何とも難しい。検索されないようにすることはできないのかな。

【山口】検索されないようにしても、コンテンツは残ってしまう。じゃコンテンツをすべて削除するとなると非常に難しい。結局、コンテンツをすべて人の目に触れなくする、というのは現実的には不可能ですね。魚拓を取られたり、キャッシュが残ったりしますし。

【為末】どこまで削除の申し出を許容するかの加減も必要そうですね。

【山口】一番懸念されるのは、忘れられる権利が犯罪歴や過去の医療ミスなどについて行使されることです。それって結局、他の人の知る権利を阻害していることになりますよね。これを更に拡大していくと、例えば独裁政権が、どんどん体制に都合の悪い情報を削除してしまう、なんて事態もあり得なくはない。

【為末】むしろ大衆には不利になるということですよね。

【山口】そうなんです。実際に、痴漢や盗撮などの罪で逮捕された人が、忘れられる権利を訴えている最中に再犯した、という事例もあります。

山口真一(やまぐち・しんいち)
1986年生まれ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得し、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。専門は計量経済学。情報社会において新しく生まれた社会現象やビジネスモデルについて、定量的な考察をすることを主としている。「おはよう日本」(NHK)をはじめとして、テレビ・ラジオ番組にも多数出演。主な著作に、『ソーシャルゲームのビジネスモデル』(共著、勁草書房)、『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある。
為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目世界大会で日本人初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2016年7月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権で男子400メートルハードル銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピック出場。2003年プロ転向。2012年引退。現在、自身が経営する株式会社侍、一般社団法人アスリートソサエティ、株式会社Xiborgなどを通じて幅広く活動。著書に『諦める力』『逃げる自由』(ともにプレジデント社)、『走りながら考える』(ダイヤモンド社)、『限界の正体』(SBクリエイティブ)など。

 

(朽木誠一郎=構成 西藤愛=撮影)
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