人智を超えるものと触れ合うこと

といっても、その種の会合のすべてに出ろということではない。職場の飲み会など、あまりひんぱんな付き合いは時間の使い方として無駄なことも少なくない。そういうときは、不義理になることを覚悟で、何回かに一回だけ出るようにする。そう思い切ることも、人生の後半を生きるうえで大事なことである。

いま50代の人に勧めたいのは、人智を超えるものとの触れ合いだ。私は50代半ばに山形県の湯殿山で即身仏を拝観し、深い感銘を受けた。当時の私は、病に臥せる妻の介護や障害を抱える長男の世話をしながら必死で働いていて、それが誇りでもあった。だが、民衆を救うために激しい修行を積んだ末、生きながら仏となった僧侶の前では、私の努力などとるに足らないと思わないわけにはいかなかった。

年を重ね経験を積み、肩書がつくようになると、人はどうしても傲慢になる。そんなときは即身仏のような偉大な存在や、大自然、芸術といった人智を超えたものに触れると、謙虚な気持ちになり、等身大の自分を取り戻すことができるのである。

いろいろ挙げてはみたが、どれも一度はどこかできいたことがある話だと思う。そう、みんな知識はあるのだ。それでもいざ定年を迎えると、失敗したと嘆く人が少なくないのは、要するに実行しないからだ。

もしかしたらそういう人は、第二の人生にどれだけのことができるか、その可能性を甘く見ているのかもしれない。葛飾北斎が長野県にある岩松院の八方睨み鳳凰図を完成させたのは88歳。亡くなる直前の90歳のときには「天が私にもう5年の命をくれれば、本物の画家になれた」という言葉を残している。その歳になってなお成長しているという実感が北斎にはあったのだ。

私自身も58歳で子会社社長の辞令を受け、「もう社長にはなれないのか」と無念の想いを抱いたが、そのとき初めて書いた本が思いがけずベストセラーとなり、以来、文筆家として著作はすでに16冊となった。

人生の後半にもできることはたくさんある。だからこそ50代を大切に生きてほしいと切に願う。

東レ経営研究所特別顧問 佐々木常夫
1944年、秋田市生まれ。県立秋田高、東京大学経済学部卒業。自閉症の長男、肝臓病とうつ病を患う妻を抱えながら勤務先の東レでも仕事で成果を挙げる。2001年東レ取締役、03年東レ経営研究所社長に就任。近著に『50歳からの生き方』。
(山口雅之=構成 永井 浩=撮影 佐々木常夫=家族写真提供)
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