※本稿は、和田秀樹『65歳から始める和田式心の若返り』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
定年退職は自分の居場所も人間関係も失う最悪な制度
「定年後にうつになる人が多いんだよなぁ」
というのは、精神科医なら誰もがする話です。もともと、セロトニンの分泌量が低下しているところに、定年退職がきっかけとなって老人性うつを発症する人たちは、非常に多く見られます。
それほど定年制とは、心の健康において最悪の制度です。まるで理にかなっていない、おかしな制度なのです。
まだ能力があって会社に貢献できる人材でも、65歳、もしくは70歳になると、一律に解雇する会社がいまだに多いのは、年齢による差別制度といえます。こんな前時代的な制度が、日本という国にはまだあるのです。
「人の心を無用に苦しめる制度なんぞ、なくしてしまえ!」
と、精神科医として日々叫んでいますが、残念ながら、社会はどうにも変わっていきません。
ではなぜ、定年が老人性うつのきっかけになりやすいのでしょうか。
それは、長年、仕事で積み上げてきたものを一日で喪失するからです。
古典的な精神分析の考え方では、うつ病の最大の原因は、「対象喪失」とされています。愛する対象を失ったときに、人間は心理的に不安定になり、うつ状態に陥ります。その状態が2週間以上続いたとき、「うつ病」と診断されます。
定年後にうつになる人が多いのは、会社を離れることが対象喪失になるからです。
熱い想いを持って長年勤めてきた会社を去ることになるため、居場所も人間関係も一気に失い、それが心に大きなダメージを与えてしまいます。
一方、現代的な精神分析では、「自己愛喪失」が心の健康に最も悪影響を及ぼす、としています。自己愛喪失とは、自己愛が満たされないこと、あるいは自己愛を満たしてくれる対象を失うことです。
具体的には、自分の働きを認めてくれる人、自分を尊敬してくれる人、自分の心の支えになる人、自分が同じ仲間と思える人などを失うことが、自己愛喪失になります。
定年退職を迎えると、これらを一気に失うことになります。
このように、定年退職は、対象喪失と自己愛喪失がダブルで押し寄せてくる、心の健康において最悪の状況を生み出しやすいのです。