「死にたい」患者と「死なせたくない」家族

もうひとつ、気をつけるべきことがあります。

現在の医療の現場では、患者さんが自分の希望通りに死ぬということは、実は困難です。末期がんの患者さんたちは、自分の体のことがわかるのでしょう。私が診てきた多くの患者さんは、最期が近づくと自分の死を受け入れていました。そして最後は、「家に帰って家族と一緒に過ごしたい」、「家族に囲まれて旅立ちたい」と思われるようになります。

しかし、がん患者である時点で、すでに家族に迷惑をかけているという罪悪感があるし、事実、自宅に帰れば、介護は家族に頼ることになります。これ以上の迷惑はかけたくないと、自分の希望を言わずに遠慮してしまい、孤独な気持ちのまま旅立っていくのです。

また、本人は自然のままに逝きたいと願っているのに、ご家族が受け入れられないというケースも珍しいことではありません。患者さん本人が乗り気でない延命治療を、家族からすすめられて我慢して受ける場面も見てきました。もちろん、家族も精一杯なのです。しかしこの選択はときには患者さんご本人にとって一番辛い。

しかも、入院していれば、体中にチューブをつけたままで、死ぬ瞬間は家族が病室に入れず、医師が臨終を確認した後、やっと家族は遺体に対面できるという場合もあります。これでは最期が誰のためにあるのかわかりません。

確かに患者さんが自宅に帰って在宅看護に入ると介護をするご家族の負担は増えます。しかし、患者さんが自らの死を受け入れ、ご自身が望むような最期を迎えて生ききることができれば、それこそが「健全な死」といえるのではないでしょうか。厚生労働省が施策を総動員して在宅医療を推進している理由のひとつに、こうした背景があるのです。

病院医療は、ひとつの理想的な完結したシステムをもっています。地域医療とは、この病院医療の相似形として、医療、福祉、介護を地域に広げ、すべてを30分圏内にもつという地域包括ケアシステムが重要であると考えています。

在宅医療推進と関わる多職種連携こそが、患者さんにとってもご家族にとっても思い残すことのない尊厳ある最期を迎えられる仕組みのひとつだと思うのです。

船戸クリニック院長 船戸崇史
1959年岐阜県生まれ。愛知医科大学医学部卒業後、岐阜大学第一外科に入局。数々の病院で消化器腫瘍外科を専門に。しかし、「がんには自分のメスでは勝てない、ならばがん患者を在宅で看取る手伝いをしたい」と、1994年岐阜県養老町に船戸クリニックを開業。西洋医学を中心に東洋医学や補完代替医療も取り入れ、全人的な治療、診察を行っている。
(取材・構成=田中響子)
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