企業が幸せを感じてはいけない理由

――改めて希望学について伺います。いまの世の中において、希望学はどのような意味を持つとお考えですか。

【中村】私たちの希望学プロジェクトは、社会における希望の位置と役割に着目した点に意味があったと思います。一般的に希望は1人ひとりが個別に持つものだと考えられています。しかし、先の見えないいまの時代には、集団や社会における希望を議論することがとても重要なのではないかと思っています。

【川田】中村教授とご縁をいただくきっかけになった福井調査も、もとは福井県の西川一誠知事の要請で実施されました。我々の地元である福井県は、「幸せ度日本一」の称号を持つ、非常に住みやすい県です。けれども、県民は現状には幸福を感じているものの、未来への希望を実感できるかというと、なかなか難しい。私は福井県商工会議所連合会会頭として西川知事とは密にやり取りさせていただいていますが、県民が希望を持てるような県にしたいという知事の強い思いがあり、東京大学の希望学プロジェクトに調査をお願いすることになったわけです。

――福井県という地域と、セーレンという企業の両方を調査して、どのような気づきがありましたか。

【中村】幸福と希望は明らかに違うものであるということ、また、幸福と希望の関係もわかってきました。幸福な状態とは、動かない状態です。この状態にいる人たちは、居心地がいいので、変化を求めません。やがて停滞が訪れます。停滞状態を打開するには、次のステージに移る必要があり、そのために希望が必要なのです。福井県は幸せ日本一の県だからこそ、人々がそこに安住してしまいがちです。西川知事が抱いておられる危機感はよく理解できます。幸福だからこそ、あえて希望を持つことが大切だということです。

――幸福は静的なもの、希望は動的なもの、ということですね。

【中村】そうです。ですから、両方がセットにならないと、社会は動いていきません。ただし、地域社会においては、幸福な状態も悪くはありません。それで緩やかに衰退していくとしても、1世代か2世代は持続するでしょう。しかし、企業が幸福状態に陥れば、厳しい競争に生き残ることができません。つねに前に進むために、希望がより重要になってくるわけです。

【川田】企業が幸せに浸かってしまったら、そこで終わりです。社長は少しでも幸せを感じてはいけません。社長がホッとすると、社員もホッとしてしまいます。つねに緊張感とハングリー精神を持ち、夢という道しるべを示す。これがトップとしての役割と肝に銘じています。

(後編につづく)

川田 達男(かわだ・たつお)
セーレン会長兼最高経営責任者
1940年、福井県生まれ。62年明治大学経営学部卒、同年福井精練加工(現セーレン)入社。87年社長就任。2003年より最高執行責任者(COO)兼務。05年より最高経営責任者(CEO)兼務。05年に買収したカネボウの繊維部門をわずか2年で黒字化させる。14年より現職。セーレン http://www.seiren.com/
(川田達男、中村尚史=談 前田はるみ=構成)
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