それに対する答えの一つとして、初期段階の認知症による物忘れの特徴をあげておこう。それは覚えたことを忘れるというより、そもそも新しいことを覚えられないということだ。例えば昨夜の食事について記憶がないという場合を考えてみよう。多くは、食事のメニューが何だったか、なかなか思い出せないというケースであろう。しかし食事した時間や場所は覚えている。これはいわゆる健忘症であり、この程度であれば認知症ではない。一方、昨夜、食事をしたということ自体の記憶がすっぽり抜け落ちているという場合、物忘れ外来などで診察を受けたほうがいい。それも、なるべく早いうちに。


200万人近くが患っている認知症。高齢者ばかりか50歳そこそこで発症する若年性認知症も増えてきた。『認知症を生きるということ』より。

かつて認知症の治療薬は存在しなかった。しかし10年前に認知症の進行を抑える薬としてアリセプトが認可され、薬物治療の道が開かれた。しかもアリセプトは症状を早く見つけて早く使うほど効果がある。

そうした早期治療の意味で注目されているのが、軽度認知障害である。まだ認知症とは診断されないが、かといって完全に健康とも言い切れない、認知症の一歩手前のグレーゾーンだ。

この状態のうちに生活の改善などで予防することにより、認知症の発症を遅らせ、将来的には発症を防ぐことができる可能性が指摘されている。具体的には、運動や脳の活性化プログラムなどで進行を抑えようとする取り組みが、各地で始まっている。また会社勤めの人の場合、勤務先に本人の状況を理解してもらうことができれば、無用のストレスを受けずにすみ、それは症状の進行を遅らせることにもつながる。やがて認知症となる場合でも、治療や介護の選択肢を探し、自分と家族の今後について十分考え、対応する時間的余裕が生まれることになる。

さらに薬物によらない治療法も様々に取り組まれている。「臨床美術」という芸術療法で高い成果をあげているグループもある。

これまで、何もできないと思われていた認知症の人にも、できることが必ずある。症状が進むにつれて過去の記憶は失われてゆくが、いまこの一瞬、一瞬を積み重ねて生きることはできる。それは、過去によりかかるのではなく、いまを生きることの大切さを、身をもって私たちに教えてくれているようにも思えるのである。

(撮影=飯田安国)
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