「近頃、どうも物忘れがひどくて、認知症じゃないでしょうか?」

時折、こんな問いかけを受けることがある。冗談まじりの口調の人が大半なのだが、しかしその裏には、ひょっとしたら自分や家族が認知症になるのではないかという恐怖感が潜んでいる。

なぜそんな質問を私が受けるのかというと、認知症治療の最前線を紹介した本を今年、上梓したからだ。取材を進めながら痛感したのは、認知症という病気や患者の真実の姿、あるいはどう対処すればよいのかについて、適切で具体的な知識のある医師や介護福祉士は、まだまだ少ないということだ。

一般の開業医では「年を取りましたからねえ」で終わり、精神科にかかっても「言葉が少なく、意欲がなさそうに見える」という人は、うつ病と誤診されるケースが少なくない。その逆に、認知症と診断されたものの、本当は別の病気であったため誤った治療が行われ、症状が悪化したケースもある。

確かに認知症は、恐ろしい病である。徘徊や妄想、幻覚や暴力で周囲を混乱させ、わずかのうちに人間性や社会性がまったく失われてゆく場合がある。だが専門家によれば、その多くは、つくられた症状なのである。

ぼけ予防協会が去年まとめた報告書によると、認知症の専門医が患者を治療した結果、3分の1以上の人が大きく改善され、症状を「わずかに軽減できた」まで含めれば9割以上の人が改善されたという。しかもこうした患者の多くには、前にかかっていた医師があり、その診療科の半数以上は認知症治療を専門とすべき精神科や神経内科などであった。

あるいは、認知症の専門病棟では落ち着かなかった人がグループホームでめざましく良くなったという報告は珍しくはない。この場合の「良くなる」とは、病気が治るという意味ではなく、妄想や徘徊などの症状がなくなり、本来の姿に戻るという意味である。このように医療や介護の現場でも、認知症への理解が不十分なのが現状である。

その一方、新聞やテレビはもちろん、小説や映画にも取り上げられて、認知症という言葉の認知度は上がっている。そこで、冒頭で紹介したような疑問を抱く人が増えているのである。