具体的でなく直観的に伝えてみる

【窪田】人は、認知できる情報を揃えて「これで正しい意思決定ができる」と満足してしまいがちですが、じつはそれよりもはるかに大きな情報が認知の外側にある。外側に大きな情報があるということを素直に受け入れて、直観を大切にしながら意思決定をすることが、スポーツでも経営でも大事な気がします。

でも、実際はそういう直観的な感覚で動く人は少ないと思うんです。だから、分析を重視するような多くの人たちに、感覚的な意思決定をどうやって伝えて、動いてもらうかが課題になってくるんです。「いいことなんだよ」と伝えるには技術も必要です

【為末】難しいですね。

そういう説明を“受ける側”としては、無邪気さが大切な条件なんだろうなと思います。長嶋茂雄さんのような、無邪気な方ほど直観を信じるっていう。

でも、世の中、無邪気な人だけではないから、そういう説明を“伝える側”の問題になってきますよね。

僕は指導者たちの指導のしかたをいろいろと見てきましたけれど、正確に何かを描写できるような人は、じつは技術指導にはあまり向いてなんですね。「右肘が5°下がっている」とか「左脚をいまの1.2倍、勢いよく上げなさい」とか言う人は指導者としてあまり向いていない。

それよりも「右半身を壁にして振りなさい」とか「ふすまを突き破るようにハードルを飛びなさい」とか言うほうがいい指導者なんです。個別の体の動きを正確に伝えると、受ける側はロボットみたいにギクシャクしてしまって。抽象的に全体的に伝えるほうが、正解を得やすいっていう……。

【窪田】ある部分だけを修正しようとして意識を向けたら、他が崩れてしまうってこと、ありますもんね。結果としてその部分も修正されるけれど、付随している他の部分も付随していないとパフォーマンスは上がらないわけですよね。

【為末】自分の体でなく、外の環境に合わせようとしているときの人間の動きのほうが自然なんですよね。だから「左足を勢いよくあげなさい」よりも「ふすまを破ろうとしなさい」のほうが、人は自然に動くんです。