格安医療はどうして実現するのか

ナラヤナ・ヘルスケアを開設した心臓外科医、デビ・プラサド・シェティ医師と。写真提供・天野篤教授

インドでは同じ手術で人件費や手術器材・薬剤などが安価であることから約20~30万円かかると言われていますが、健康保険への加入は15%程度と普及率が低いので総医療費が安価であることが求められます。ナラヤナでは高水準の医療を多くの階層に提供するという病院コンセプトのために、他の病院よりかなりの低価格です。治療費が格安なので、これまでは心臓手術を受けられなかった低所得者層、新生児でも治療が受けられるようになり、多くの命が救われています。

手術室は23室あり、1日に1室2~3例、計50例の手術を実施しています。医師は40人、職員数約1000人という必要最小限の人数でたくさんの手術をこなすことで、低コストの医療を実現しているわけです。コストを抑えるために、使い捨ての手術器具を再使用したり、入院期間を短くするために家族に無料の看護プログラムを受けてもらったり、さまざまな工夫がなされていました。患者さんたちは、4~7日入院し、その後1回外来診療を受け、地元へ戻るそうです。

少子高齢化が進む日本と、人口爆発国のインドでは、心臓病の患者の年齢層や患者数の多い病気の種類は異なります。心臓外科手術を受ける患者の平均年齢は60歳くらいで、日本より20歳近く若い印象を受けました。年齢層としては、僕が研修医だった35年前の日本と同じような感じです。

特徴的なのは小児心臓病の患者数の多さで、ウイルス感染症などが原因の先天性心疾患が多いことで、生まれてすぐに心臓病の手術が必要な赤ちゃんが1日に800人も誕生しているそうです。新生児心臓手術だけで1日に800例ということになります。日本は人口が少ない上に少子化の影響もあり、小児心臓手術の全国の合計件数が月に1000例くらいですから全然規模が違います。成人も合わせてインド全体で心臓外科手術がすぐにでも必要な人が200万人もいるといいますから、とにかく早く退院させるようにしているのは、費用を抑えるだけではなく、できるだけ多くの患者の手術を実施して早く元気に社会復帰させるためでもあるのです。

政府は、成長戦略の一環として、ロボットなど最先端の機器を駆使して付加価値をつけ、医療を産業として海外にもアピールすることを打ち出しています。精度の高い診断機器の開発は、患者さんのためになると思いますが、治療の部分にもロボットなどの最新機器を使うことで、これ以上高負担を強いていいのか疑問です。