数年先のコストアップ分の先取り?
いかにももっともらしい理由に、うなずく向きも多いはずだ。しかし、製品ごとに価格の引き上げと据え置きを棲み分けたところに、ハイボール人気を自ら仕掛け、ウイスキー市場の長期低落傾向に歯止めをかけた同社のしたたかさが色濃くにじむ。半面、ウイスキー党にはこの理由は限りなく腑に落ちない。
というのも、「マッサン」の視聴者なら知っての通り、ウイスキーは原酒を樽で寝かせる熟成が命であり、商品として出荷できるまでに竹鶴政孝は5年と説き、一般的には最短で3年は必要とされる。商品化までの投下資金回収に長期間を要するため、ウイスキー製造にベンチャー企業が不向きとされる所以でもある。言い換えれば、今回のサントリーの値上げは、今後数年先のコストアップ分の先取りとのそしりを免れない。この点は、ウイスキーを扱う専門家の多くも指摘する。
本来なら、ハイボール人気で復権しつつあるウイスキーのファンを一段と広げ、アルコール度数が高く自己主張も強いシングルモルトをはじめとした高級品に誘い込み、裾野拡大を図るのが供給者の努めなはずなのだ。米洋酒大手ビーム社の買収で世界大手に食い込んだサントリーホールディングスは、昨年10月にローソンのトップから“電撃移籍”した新浪剛史社長が2月16日の決算記者会見で「20年にはウイスキーで世界一を目指す」と豪語したほどだ。
そんな折も折、ようやく訪れたウイスキー人気に水を差しかねない大幅値上げに、日本で洋酒文化を育て上げた、ある種おごりに似た香りが漂う。それは、ウイスキー党を引き付けるスモーキーフレーバーとは全く異なった香りだ。スコッチウイスキーの熟成課程で、樽から年々目減りする分を「エンジェルシェア(天使の分け前)」と言う。そんな気の利いた精神は、いまのサントリーには感じられない。