2014年2月、大雪で多くの車両が立ち往生した中央自動車道のSAで、積み荷を周囲に振る舞った山崎製パンの運転手がSNS上で絶賛された。
「実は、あれにはちょっと困ってて……以前の新潟の集中豪雨の際にも同じことはあったんですが、今回だけ報道されちゃった」と、同社の50代前半の正社員は苦笑する。
「また同じ状況に陥ったとき、(パンを配るか否かの)判断は難しい。車が看板を背負ってる宿命で、普段からささいなことでクレームがたくさんあるし……。佐川さんとかヤマトさんも同じだと思います」
次に被災したとき、同社トラックに群がる他の車の運転手が「今度はくれないのかよ!」とねだる光景を想像したくはないが……。
「3.11の際、一番大変だったのは原材料の手配。(小麦)粉やバターは何とかなったんですが、包装紙やジャム、ちょっとした具材が足りなくなった。東北に出す際は、つくるものを絞って効率を上げました」
その東北に、80代の父親を残している。「元気ですよ。ちょっと耳が遠くなったくらい。人に紹介された一回り以上下の女性と同居しています」。妻の両親は健在で、近隣に住む実兄が面倒を見るが、「2人が1人になったらいろいろ考えないと」と話しているという。