こうした特定地域への集中度がどれほどすさまじいかをグラフで表してみましょう。IT産業従事者の数が多い順に242市区町村を配列し、全体に占める割合を累積グラフにしてみました。青色はIT産業、赤色は全産業の累積曲線です。
どうでしょう。色つきゾーンは、上位20位までの市区町村の占有率ですが、IT産業にあっては、上位20位の地域が全体の8割をも占めています。そこへの集中度は、全産業の倍以上です。
首都圏の市区町村データによる検討ですが、『年収は「住むところ」で決まる』でいわれているがごとく、わが国においても、IT産業が特定地域に集積している傾向が分かりました。IT産業の場合、事業所はどこに構えてもよさそうなものですが、なぜ中枢部に集中するのでしょう。
モレッティによると、高度な知識や発想に触れる機会が多くあるからだそうです。なるほど、イノベーション産業としてのIT産業従事者には、絶えず一流の知や人と接する必要性がありますものね。それはデジタルを介してでも可能ですが、やはり、直に会う・接することによる効果のほうが大きいでしょう。人間はやはり「アナログ動物」です。
モレッティは、こうした効果のことを「相乗効果」と呼んでいますが、それは、いろいろなことに当てはまります。たとえば、低い階層の子弟であっても、高い階層の人間が多い地域に住んでいるならば、大学に行きたいというアスピレーション(欲)が高くなるでしょう。習熟度別学級編成にしても、低い者ばかりを集め、それを長い間継続させると、全体の士気がダウンし、よからぬ結果になってしまうこともあります。ある学生の言葉を借りると、「諦めムード」の蔓延です。個々人は、そういう集団のクライメイトの影響も被るものです。
わが国においても、衰退していく製造業都市と、勃興の可能性を秘めたイノベーション都市とに分化(segregate)していく事態が起こりえるのではないか。それは、子どもの教育格差をはじめとした、様々な病理現象が起こりえることの基盤的な条件にもなり得るでしょう。
1976年生まれ。東京学芸大学大学院博士課程修了。博士(教育学)。武蔵野大学、杏林大学兼任講師。専攻は教育社会学、社会病理学、社会統計学。主な著書に『教育の使命と実態』『47都道府県の子どもたち』『47都道府県の青年たち』(いずれも武蔵野大学出版会)などがある。