開発哲学は「最先端の勉強をしないこと」
ただ、最初の数年は思うように売れなかった。というのも、販売ルートがなく、故障することもあったからだ。「まず10万着つくってみたのですが、それがなくなるのに6~7年かかりました」と市ヶ谷社長。
その間、さまざまな改良を加えると同時に、展示会などで来場者に試着してもらい、知名度を上げる努力を行った。その結果、年間1万着だった販売が徐々に増えていき、しかも実際に買ったお客から「一度着たら手放せない」という声が相次ぐようになった。
すると、一気に販売に火がつき、2012年に2万着だったのが、13年には8万着、2014年には25万着と大きく伸びているわけだ。「ようやく思い描いていた通りになってきた」と話す市ヶ谷社長の開発哲学は、最先端の勉強をしないこと。
「新しいものをつくろうとすると、その分野の最先端のことを勉強することが多いと思いますが、それだとその範囲でしか商品を開発できず、画期的なものはできません。しかも、最先端のことを勉強すればするほど、発想は似てきてしまい、商品も同じようになってしまいます。空調服も冷房に関して最先端のことを追究していたら、生まれていなかったかもしれません」
最近は海外からの引き合いも増えており、そのための代理店を探しているという。市ヶ谷社長が開発した空調服の勢いは止まるところがなさそうだ。