「5W1H」の文書は裁判の証拠になる
もし、A氏に学齢期の子どもがいて、住宅ローンが多めに残っているとしたらどうでしょう。不用意に退職を迫れば、A氏は社外の労働組合や弁護士事務所などに駆け込み、問題がこじれるかもしれません。
この場合は、自発的に退職してもらうため、次のような準備を粛々と進めます。A氏は問題社員なので、ミスを犯して取引先からクレームが入ることがあるはずです。そのときに「いつ、どこで、どの相手に、どんな業務対応をして、どんな重大な結果を招いたか」など5W1Hをきちんとおさえた「注意書」「指導書」などの文書を発行し、改善を求めます。それでもミスを繰り返すようなら、懲戒処分を行います。
大事なのは、懲戒や指導の事実を文書の形で残すことです。内容・程度にもよりますが、懲戒を何度行っても態度が変わらない場合は解雇もやむをえません。解雇をしても一連の文書が証拠となりますから、「会社側は十分な対応を行った」として裁判所の理解を得られる可能性が高いでしょう。組合関係の方は、いろいろな理由をつけて、経営側に「文書は出さないでほしい」と要請しますが、それは文書を出されると労働者が不利になるからです。
しかし、実をいうと、大半のケースでは訴訟には発展しません。A氏のような問題社員や、正当な理由もないのに遅刻や早退、職場での暴言を繰り返すような不良社員は、会社から文書で現実の姿を突き付けられることで、改めて自分の至らなさに気づかされます。
文書で指摘された事実とは、いうならば「鏡に映った自分の姿」。それは大抵、想定外の醜い姿をしています。並の神経の人間には耐えられません。ですから、こういう場合、案外あっさりと、退職に同意することが多いのです。
向井 蘭
1975年、山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。使用者側に立った労働事件を数多く扱う。著書に『社長は労働法をこう使え!』など。