父はシベリアに抑留されていたことも語り出した

風呂の準備ができたところで、女性ふたりが寝たきりの状態からパジャマ、下着を脱がせていきます。負担をかけないよう体の向きを変えながら無理なく脱がしていく技術は見事なものです。

また、全裸になる時は上にはバスタオルをかけてくれました。恥ずかしさを感じさせないようにする気遣いです。

そして女性スタッフは頭の側から両脇を、看護師は足を、男性スタッフは一番体重がかかる腰を持ち、浴槽の上に設置されたネットの寝台に並行移動。その状態から男性スタッフがハンドルをまわすことによってネットが下がり、体が湯に浸かっていく仕組みです。

1度経験している父はすでに安心感があるようで、体の力を抜いてスタッフにすべてを委ね、されるがままにしています。そして湯に体が浸かっていく気持ちよさを味わっているようでした。

その後、体が温まってきた頃合いに、女性スタッフが「いい湯だな」を歌いながら体を洗い始めました。

この流れで、スタッフが代わる代わる歌を歌い、父に好きな歌を聞いて自然と歌い出す雰囲気をつくる。

前回はこのあたりで私が寝室に戻った。30分間はこのようなことが行われていたわけです。

3人のスタッフは父が学生時代、野球をやっていたことや戦後シベリアに抑留されたことを知っていましたから、前回は父の若かりし頃の話も聞いたようです。

このようにして気持ちをほぐしていったうえで歌を歌わせ、笑いを浮かべるところまで持って行く。単なる作業として要介護者を風呂に入れるだけでなく、気持ちをも明るくする努力をしているわけです。

体を洗い終わると、またしばし湯に浸かる時間を取ります。その時もスタッフは父の好きな歌を聞き、交代で歌ってくれました。それが一段落すると入浴タイム終了。ハンドルを逆回転させ、体が乗ったネットを上げていき、湯の上にきたところで体をふきます。男性スタッフの手によりベッドのシーツはいつの間にか取り換えられており、そこへ3人は再び父を平行移動。下着、紙パンツ、パジャマを手際良く着せてくれ一連のサービスは終了しました。

笑顔を見せたことでも分かるように、父は訪問入浴にとても満足したようです。体を洗ってもらいサッパリしたことはもちろんのこと、湯に浸かって温まる心地よさ、久しぶりに外部の人と話し、歌まで歌うという新鮮な刺激、それによる心地よい疲れもあったのでしょう。

それまでは眠っている時も険しい表情をしていましたが、訪問入浴後は安らかな顔で夜まで熟睡しました。当初、拒絶反応を示したのをまったく忘れたかのように(昼間熟睡してしまったため、夜眠れないという問題も生じるのですが)。