適切な治療に欠かせない会社との連携

最近「明らかな病気とはいえないが、健康ともいえない」というケースに数多く遭遇するようになりました。精神科の診断には心電図や血液検査のような目に見えるデータがなく、自殺など最悪の事態を想定して、つい患者さん寄りの対応になりがちです。しかし、病気でもないのに休職を認めたり、精神通院医療の認定を受けさせたりするなど、医師が“疾病利得”の片棒を担ぐのも間違いだと考えています。

ですから私は、大うつ病のようによほどの重篤感のある患者さんでない限り、初診の段階では診断書を出さない方針を貫いています。「この人は病気ではなくて、単に休みたいだけなのではないのか」と思ったときには、「休職について会社と連絡をとって、いまの仕事について相談してみるけどいいですか」と聞いてみます。すると、本当に“ズル休み”をしたい人はまず再診に訪れません。

そもそも初めに治療ありきのはず。休職させることだけが、精神科の医師の仕事ではないのです。患者さんの話に耳を傾けて助言を与え、適切な投薬も行いながら、3カ月なり半年間は患者さんにも頑張っていただく。その延長線上に初めて休職のための診断書という選択肢が出てくる。初診の段階から「医師は診断書を出してくれる人」と考えるのは間違いですし、それに安易に応じてしまうのも医師としておかしく、社会保険制度負担や社会コストを増加させてしまうように思います。

そして、いまビジネスパーソンのうつ病の治療に当たっての大きなポイントになってきているのが、会社との連携です。精神科の医療現場で、患者さんが医師に伝える話のすべてが真実ではありません。「会社にちゃんと行っています」といっても、実は長期間にわたって休んでいたり、逆に「会社に行けない」といっているけど、勤怠を問い合わせたら欠勤がなかったりということがあるのです。ですから医師が正しい診断を下して治療を行うためには、上司や人事の方、そして産業医を含めた連携が必要不可欠なわけです。

また、それが実現できれば、休職という判断の前に日常業務の負担を減らしたり、精神的な負担の少ない職場への配置転換など、的確な助言を医師の立場からも示せます。それで貴重な人材を一時でも欠くことを回避できるのなら、会社のメリットも大きいはずです。実際に、社員のメンタルヘルスへの意識の高い会社で、積極的に外部の医師と連携しているところもあります。

しかし、ここでネックになるのが何度か出てきた健康保険の制度です。本人の診察のほかに家族との面談は通院精神療法として認められて点数が付きますが、会社の関係者は保険の適用外なのです。結局、医師が診療報酬なしのボランティアを覚悟するか、会社に診療報酬に見合うお金を負担してもらうしかありません。この点に関する診療報酬の改善を切に要望します。

コンプライアンス(法令遵守)の関係で社員に対する安全配慮義務が厳しく問われる時代になっているだけに、会社サイドも精神障害に関する社員の主張に甘くなってしまう傾向にあるようです。しかし、それで根本的な問題が解決されるわけではありません。

職場の上司には「君はそう思うんだね」と傾聴はしても、安易に同意しない冷静な対応が求められます。際限のない要求に関して、時には会社のルールに照らしながら「組織としてできない」と毅然とした姿勢を示すことも必要でしょう。腫れ物にさわるような対応ではなく、ごく普通に接することが本人のためになるケースがあることも覚えておいてください。

(構成=伊藤博之)
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