60億ドル動かすカラ売り屋

ジェイミー・ダイモンと並んで、今回の金融危機にいち早く気づいたのが、ウォール街のカラ売り屋ジェームズ・チェイノスであった。

名門イェール大学出身のチェイノスは、1958年生まれ。金融機関のアナリストなどを経て、カラ売り専業ファンドであるキニコス・アソシエイツを1985年に創業し、現在の運用資産は60億ドルといわれる。

彼を一躍有名にしたのは、エンロンの粉飾決算を見破って同社株を売り浴びせた一件だ。

今回の金融危機の中で、チェイノスは、投資銀行、証券化商品を保証するモノライン保険会社、住宅建築会社、証券化商品に誤った高格付けを与えていた格付け業界の盟主ムーディーズなどをカラ売りし、巨額の利益を上げた。ちなみにチェイノスがカラ売りを仕掛けた2007年5月の時点で、ムーディーズの株価は72ドル56セントだったが、この原稿を書いている今、24ドル25セントまで下落している。

前述のジリアン・テットの著書には、2007年4月に、G8の議長国であるドイツ財務省の幹部が主催したワシントンでの会合に、元ニューヨーク連銀総裁ジェラルド・コリガン、ニューヨーク連銀総裁ティモシー・ガイトナー(現財務長官)、イタリア中銀総裁、バンク・オブ・イングランド幹部、その他G8各国財務省や中央銀行幹部などと一緒に、チェイノスが招かれたときの様子が記されている。

チェイノスは、金融不安の原因はヘッジファンドではないかと問われ、「心配すべきは銀行だ。投資銀行のレバレッジは急拡大し、彼らは怪しげなCDOをSIV(特別投資目的会社)を通じて大量に保有している。今、ヘッジファンドについて心配するのは、氷山に向かっているタイタニック号で、デッキチェアーを気にするようなものだ」と訴えた。

しかし、ほとんどの出席者は彼の懸念を理解できず、注意も払わなかったという。G8の政府高官たちも、今回の負け組といえるだろう。

チェイノスらカラ売り屋は、誰でも入手できる企業の財務情報や経済データといった公開情報を分析して、ターゲットを探し出す。これは非公開情報にもとづいて株取引を行うとインサイダー取引になるからだ。また、公開情報をきちんと分析すれば、おのずと問題点は見つかるものだ。

リーマンの不良債権部で住宅ローン会社をカラ売りしたトレーダーたちも、サブプライムローンが健全な常識に反していると判断し、問題点に気づいたのだ。

※すべて雑誌掲載当時

(写真=AP Images、PANA)