アントニオ猪木参議院議員

私がクレムリンのタルピシチェフ事務所に電話し、「日本の参議院議員で国際的に著名なスポーツマンであるアントニオ猪木氏がタルピシチェフ顧問との会見を希望している」と伝えると、翌日、会見が実現した。ここで日本大使館とタルピシチェフの御縁ができ、私も自由にクレムリンに出入りできるようになった。そして、私の人脈は飛躍的に拡大した。それ以外にも猪木氏は、クレムリンの要人や露国会議員との会見を通じ、ロシア政治エリートとの対日感情の改善と北方領土交渉の基盤整備のために大きな貢献をしてくれた。

北朝鮮との関係でも猪木氏は自らが捨て石になって関係改善をしたいと思っている。猪木氏だって、北朝鮮の全体主義体制は嫌いだ。しかし、「おまえたちは嫌な奴らだ」と対話の窓を閉ざしてしまうと、拉致問題の解決も、北朝鮮による核開発に歯止めをかけることができない。政府には立場があって身動きできないならば、自分が金正恩の懐に飛び込んで何とか誠実に対話ができる回路を作りたいというのが、猪木氏の率直な想いだ。

去年12月5日夜、私は猪木氏と会った。ちょうど韓国発で張成沢の側近2人が処刑され、本人も失脚したとの報道が流れたときだ。筆者が「張成沢との会談で何か気になることがありましたか」と尋ねると、猪木氏は、少し考えた後、「そういえば、張成沢は『この困難な時期に、わが国を訪問された勇気を讃えたい。あなたの正しさは歴史が証明するでしょう』と言っていた」とつぶやいた。「歴史が証明する」とは、独裁体制下で政争に敗れた者が最後に語る言葉だ。張成沢は、猪木氏に仮託して「自分は近く失脚するが、私が正しいことは歴史が証明する」との想いを伝えたのであろう。猪木氏が持つ北朝鮮情報をもっと政府は活用すべきだ。

作家、元・外務省主任分析官 佐藤 優
ロシア専門家として活躍。著書『私のマルクス』『国家と神とマルクス「自由主義的保守主義者」かく語りき』『人に強くなる極意』『超訳 小説日米戦争』など多数。
(インタビュー・構成=タカ大丸 撮影=原 貴彦、奥谷 仁)
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