いつか来た道に引きずり込まれる

中国や韓国から見れば安倍首相の靖国参拝は、彼らにとっては戦争加害者(と彼らが勘違いしている)A級戦犯を礼賛しているようにしか映らない。さらに今回、アメリカが口を出したのは、靖国参拝を強行した安倍首相が戦後秩序全体を見直そうとするように見えるからだ。

安倍首相は憲法改正や日中、日韓の歴史の見直しに言及しているが、それは取りも直さず、戦後秩序の見直しに直結する。

つまり、アメリカの駐留政策は正しかったのか、駐留軍に押し付けられた憲法は正しかったのか、という議論にどうしてもつながる。もちろん、そうした見直し作業の中には東京裁判や原爆投下の正当性検証なども入ってくるだろう。アメリカが一番恐れているのはそこで、靖国問題が占領政策や東京裁判、さらには沖縄問題を含めた戦後の日米関係すべての見直しにつながることを警戒しているのだ。

安倍首相の過去の言動を積み重ねていけば、そうしたことを透視してみるのは不自然なことではない。「2+2」で靖国問題に火を付けるなとメッセージを発したのに、安倍首相は参拝した。だから「失望」したのだ。

戦勝国のロシアにしても、靖国参拝は(北方四島占領などを含めた)歴史の見直しにつながるように見えるし、謝罪と賠償で過去を清算してきたドイツにしても、戦前を蒸し返すような靖国参拝は理解できない。インドが今回反発しているのも、同じく(日本人が尊敬し感謝していると思っていた)パール判事の東京裁判を「受け入れていない」かのごとき安倍首相の言動をいぶかしがっているからである。年末の安倍首相の靖国参拝は従来の中韓の反発を遙かに超えて米ロやインド、欧州までも含めた「日本=安倍警戒論」を巻き起こしてしまったのである。

どこの国も靖国問題の詳しいいきさつを知らない。それだけに憲法で不戦を誓ったはずの日本が改憲を唱える安倍政権のもとで、集団的自衛権、NSC、特定機密保護法案、などを矢継ぎ早に通過させて過去に旋回しようとしている、との印象を受けるし、台頭する中国に対する過度の警戒心、反発、挑発行為のようにも見える。かつてアメリカが台頭したときにイギリスが感じたように、ドイツが台頭したときにヨーロッパが警戒したように、日本は中国に脅威を感じていて「右傾化」している、歴史は繰り返すというストーリーで西洋人は語りたがるのだ。

安倍首相がヒトラーかと問われれば、多分そうではないし、修正主義者でもないと思う。しかし、海外からの批判に抵抗するかのように、国内では安倍首相の靖国参拝を支持する声が少なからず存在するし、安倍首相の言動に(75%もの国民が)支持・喝采を送る雰囲気は、雄叫びを上げてヒトラーに頼ろうとしたかつてのドイツと重なる。

安倍首相は経済政策で実績を出した後で靖国を参拝した。これは第一次大戦後のハイパーインフレと戦後賠償でドイツが疲弊し切ったときにヒトラーがミュンヘンから登場し、インフレ対策などの経済政策を通じて国民からの支持を得ていったプロセスと実はよく似ているのだ。

まだほとんどの日本人が気づいていないが、安倍首相の参拝で、靖国問題はまったく違った次元に広がってしまった。靖国問題の本質についてきちんと諸外国に説明する必要があるが、前述のように説明できる人もおらず、誤解をどの段階から紐解いていったらいいのか明確に認識している人もいない。天皇問題を避けて(A級戦犯に代わる)戦争の責任者を特定できるのか、も定かではない。

強く懸念されるのは、靖国問題で日本が孤立し、国内と国外の認識ギャップがさらに広がり、それに対して感情的に反発する日本人が次第に増え、かつ急速に右傾化していく、つまり、いつか来た道に引きずり込まれることだ。

(小川 剛=構成 時事通信フォト=写真)
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