この街を「ありふれた観光地」にしないために

ただし秋葉原でも、だれもが観光地化を無条件に歓迎しているわけではありません。たとえば、限られた時間内に大型バスで集中的に訪れる団体旅行者の受け入れは、一部の契約店舗に利益をもたらしても、周辺の環境や生活への配慮もなく、地元住民はゴミや騒音など大きな負担を強いられることになります。これでは、地元の観光化を快く思わない人もいて当然です。

前回に紹介した秋葉原をこよなく愛する「秋葉原人」たちも、秋葉原の活性化には大賛成ですが、観光地化よって、秋葉原がどこにでもある小綺麗な街並みになったり、秋葉原のブランド価値に「ただ乗り」する業者がはびこったりして、秋葉原のアイデンティティが失われることを危惧しています。ただし、「秋葉原人」の中には、愛する秋葉原を守ろうと、勉強会やイベント、観光ガイドなどを行い、秋葉原の魅力や文化を自発的に啓蒙している人たちもいます。

私も試しに、「秋葉原人」の知人女性が主催する、初心者向けの秋葉原ツアーに参加してみました。手作りの案内冊子が配布され、彼女自ら厳選した行程を丁寧に説明しながら歩きます。途中で「痛車」と呼ばれる、車体にアニメ絵が描かれた自動車を見つけると、いきなり所有者と交渉して、乗車させてもらったりしました。ツアー参加者に秋葉原を好きになってもらいたいという気持ちが、ひしひしと伝わるガイド振りでした。

彼女のような「秋葉原人」は、単なるツアーガイドではありません。初見では分かりにくい秋葉原の魅力を解説し、実際に現地の人と交流してみせることによって、外国人旅行者のような初心者と地元コミュニティを結び付ける「仲介者」なのです。マスメディアやインターネットの情報で「知っているつもり」になっている旅行者に、本物を体感させ、満足させることができるのは、このような「仲介者」なのです。

旅行者を受け入れる地域に負担を強いる大衆向け団体旅行に代わる、新しい観光商品のヒントが、このような「秋葉原人」の活動の中にあります。それは、地元を使い捨てにするような観光商品に受け身になるのではなく、地域の文化やコミュニティを守り育てるような商品を、地元を愛する人たちが自ら生み出していくことです。

たとえば、秋葉原では次のような観光商品が提案できます。

・ワーキングホリデーを利用したメイドカフェでのメイド修行体験
・声優の指導の下、アニメのアフレコで日本語を学ぶ、1週間の超短期留学
・海外でも使える短波ラジオを組み立て、日本の家電の歴史と電気街秋葉原の変遷を学ぶ、ものづくりヘリテージツアー
・コスプレの楽しみ方やメイクの仕方を秋葉原で学んで、箱根や日光でロケ撮影を楽しむコスプレツアー
・メイドさんや男装執事に囲まれ、極上の癒しが得られる、一日ご主人様体験
・数カ月間のホームステイで地元文化を学び、神田祭の神輿担ぎに参加する地域文化の体験学習

これらは、大衆向けでなく、ニッチで市場規模も小さい観光商品です。しかし、これらの一部はすでに実践されたもので、海外旅行者からも、関わってくれた地元の人からも、とても好評でした。大量のありふれたお土産ではなく、良質で地域独特の体験を提供でき、地元の環境や社会への負荷も少ない観光商品を、地元の人たちが自発的に創造することは、いままで気づかなかった地元の魅力を再発見でき、地元地域に対する自信と誇りを生み出せます。これが地元をさらに盛り上げ、よりよい街にして行こうという意欲と行動につながるのです。

世界最大の発行部数を誇る観光ガイドブック「Lonely Planet」。英語圏の個人旅行者にとって必携の書です。そのシリーズ「JAPAN」の目次に、「Akihabara」はまだありません。秋葉原に関する情報は、地図を含めて3ページのみです。まだまだ秋葉原の魅力を世界に伝えきれていなのです。今こそ、秋葉原の将来を真剣に考える人たちが、自ら動き出す時です。

関連記事
「メイド社長誕生」の経営的意義 前篇
「職人技とマニアの出会い」前篇
この街は「観光立国」のモデル(前篇)
「アイドルの新しい働き方」
「ドールに込めた『ものづくり』の技」