「元祖アキバの女王」に聞いてみたかったこと

ももい・はるこ
シンガーソングライター、声優。1977年東京都生まれ。2000年に自ら作詞作曲した『Mail Me』でメジャーデビューし、2001年にテレビアニメ『The Soul Taker ~魂狩~』で声優としてデビューする。2002年、美少女ゲームソングを中心とした音楽ユニット『UNDER17』を結成。2004年に解散した後は、音楽プロデューサーとして多くの歌手に楽曲提供をしつつ、全国ツアーや海外での多数のアニメファンイベントに出演してソロ活動を行う。 デジタルハリウッド大学にて(撮影=みるる)。

「秋葉原☆マネタイズ」の連載を終え、私の秋葉原への想いを語りつくした今、最後に秋葉原について語っていただきたい人物がいます。「元祖アキバの女王」と呼ばれる、歌手で声優でもある桃井はるこさんです。子どものころから秋葉原に通い続けて、変わりゆく秋葉原を眺め続けてきた桃井さんは、秋葉原での路上ライブをきっかけに歌手となり、秋葉原で夢を実現させました。秋葉原への愛情が詰まった自叙伝『アキハバLOVE~秋葉原と一緒に大人になった~』を2007年に刊行された桃井さんに、それ以降の秋葉原とこれからの秋葉原について考えていることを伺いました。

【梅本】2007年に『アキハバLOVE』を刊行されてから秋葉原も移り変わりがありました。この本を書かれたあとの秋葉原について感じていることを聞かせてもらえますか。

【桃井】『アキハバLOVE』を出したあと、私にとって秋葉原の印象が大きく変わった出来事があるんです。2008年6月に起きたあの事件(注:秋葉原で起きた無差別殺傷事件)です。『アキハバLOVE』の表紙では、歩行者天国の真ん中で思いっきり笑っている私ですが、あの事件のあとは、もうこんな笑顔はできないと今でも感じています。それまでの秋葉原は、私にとって楽しい記憶しかなかったところでした。つらいことや悲しいことがあっても、秋葉原に行くと楽しい気分になれました。私にとって秋葉原は、日常から切り離されたところだったんです。ところがあの事件が起こってから、秋葉原が現実の世界になってしまいました。秋葉原で以前のように手放しで楽しくやっていてよいのだろうか、でも前を向いていかなければと思っています。

【梅本】あの事件のあと、桃井さんはすぐに事件現場に置かれた献花台を訪れ、その時の気持ちをブログに書かれていましたね。あの事件をきっかけに、秋葉原で長年続いていた中央通りでの歩行者天国が中止になりました。再開できたのは2011年1月。でも、その直後に東日本大震災があり、またしばらく休止になりました。

【桃井】2011年3月の震災も、私にとって秋葉原を夢から現実に引き戻した出来事です。当時、石丸ソフトの最上階が秋葉原で一番大きなイベントスペースでした。高校生の時からアイドルファンとしてそこに通っていて、自分がデビューした時もそこでお披露目イベントをやらせていただきました。CDや出演しているアニメのDVDが出るたびに、イベントをした思い出の場所です。2011年3月末で閉店することになって、石丸ソフトのさよならライブに私も出演する予定だったのですが、直前に震災が起こって、私は出演を見合わせたんです。私にとって大切な思い出の場所をきちんと見送ることができなかったことは残念でしたが、こんな時に秋葉原でステージに立ってよいのかと考えました。

【梅本】大震災が起こった直後、秋葉原の店舗の皆さんには、震災で大打撃を受けながらも、秋葉原からなにか被災地に支援をしたいという気持ちがありましたね。そこで、私も学生たちと一緒に秋葉原駅近くで被災地への応援メッセージを集め、それをまとめて動画にしました。その動画に、桃井さんの楽曲の使用を許可して戴き、感謝いたします。大震災のあと、今の秋葉原はどう見えますか?