地元を駆け回るほど「票」が増える現実
なぜ、このような公約体系になるかは、選挙を消費財のマーケティングに近いものとしてとらえると理解できる。
第1に、有権者は、もはや政策体系が複雑すぎて、完全に理解することはおよそ不可能になっている。高度な専門知識がなければ、示された選択肢の意味を理解することも難しい。限られた時間のなかで、適切な選択肢を選び取るのは誰にでもできることではない。
第2には、実は、政策は複雑化している一方で、コモディティ化が進んでいる。つまりどの政党も似たような玉虫色の政策しか提示できなくなっている。これは公約をつくるうえで、政策形成のソースが「霞が関(官僚組織)」に限られていること、財政上の制約が大きいこと、内閣支持率を考慮すると国民の多数に反対を呼ばない「中道的」な政策となること、といった条件があるからだ。
この条件下では、あらゆる政策が似通ってしまう。実際、米英の二大政党制においても、競合の政策を模倣しあった結果、互いの政策が似通ってしまい、差別化のために「増税/減税」「金持ち優遇/中間層へのアピール」などと争点を単純化させるか、逆にニッチな政策で過激な議論を吹っかける、という状況に陥っている。
こうなってくると、政党のコミュニケーション戦略は、政策を核としたものではなく、漠然としたブランドイメージの方が重要となる。このとき戦略的に合理的なのが「ワンフレーズ選挙」だ。たとえば小泉内閣が郵政解散において、「構造改革」というブランドイメージを訴求するために「郵政民営化」というワンフレーズだけを訴求したのは合理的ということになろう。
この戦略はより「消費者」に近い、選挙区のレベルでこそより有効である。私が実際に間近に見た例をあげれば、事前の予想を裏切って大臣経験者の与党幹部議員を破った新人候補が典型である。この選挙戦では、中央とのパイプが強い高齢の与党議員という競合候補のポジションを逆手にとって、新人候補は「若くて地元密着の候補が政治を変える」というのをブランドメッセージにした。競合との違いを明確にする方法、それは、地元を自転車やマラソンで駆け回りながら選挙運動をすることであった。
与党幹部議員は他エリアに応援に行くので地元にいることが少ない。また、高齢であるから、演説場所はターミナル駅などに限られ、車の上から手を振るぐらいのことしかできない。一方、新人候補は地元を駆け回り、体力を誇示し、地域密着をアピールした。これは、競合との差別化が明確で、かつ、模倣困難なので、非常に効果がある。