第1には、政党が選挙戦略上の「互助組合」となっており、政党の公約と個々の政治家の信条や行動は異なるため、今後も離合集散が予想されるからだ。現在の政党助成金制度や選挙制度では、少数政党ほど不利になる。このため政党は、選挙のための「互助組合」に近いものとなっている。
第2には、政党公約は選挙用に十分に検討せずに準備されているので、実現がほぼ不可能なものも含まれている。また、前述のように、選挙互助組合であるから、選挙中に党内からも政党公約に対する批判が出る始末である。
第3には、現在の日本では、特定の政治信条を元にする政党が多数派を形成し、選挙の結果に基づいて、政権を担うということが元々期待できない。というのも、日本は米英のような二大政党制ではなく、ヨーロッパ的な多党制に近い状況となっている。しかも、この連立の組み合わせは、政党間の政策の類似性というよりも、歴史的経緯や政党幹部同士の好き嫌い、さらに学校の先輩後輩などで決まってしまう。
第4には、選挙運動の規制が厳しく、自筆式の投票方法を採っているため、選挙戦略上は政策の違いを訴えるよりも、知名度を上げることが有効となる。多くの政治家もそれを知り尽くして、選挙を行っている。ある学者出身の政治家が「インテリジェンスがある人間は、鉢巻きをして自分の名前を書いたタスキを掛けて、自分の名前を連呼するなど恥ずかしくて出来ないだろう。自分がそれを出来たのは、それが最も当選に目的合理的だったからだ。構造改革のためにやむを得ずやった」と語るのを聞いたことがある。
そもそも、公約を詳細に検討するとコアの部分ではあまり違いがなく、違いがあるのは一部の極端な政策だけであることに気がつくだろう。そして、その極端な政策は、多数派を形成しにくいので結局実現しない。