人は人として正しいことをしなくてはならない

そうこうするうちに、稲盛家の紙袋は鹿児島市内の菓子店、菓子問屋からほかの商店、問屋へと、どんどん使われるようになり、生活は安定に向かった。稲盛も人の子だ。高校に入ると好きだった野球に熱中した。この時、稲盛を叱り飛ばしたのも、やはりキミだったという。親の苦労を見ていながら、よくもお前は遊んでばかりいられるものだ、と。

子供の頃の稲盛はやることも早いが、反省も早い。西田小のガキ大将の時からそうだった。やっちまった、と思うとすぐに自分を正した。

人は人として正しいことをしなくてはならない。稲盛は郷中の教え、またキミから幾度となく躾けられたこの大事を思い出し、猛反省したという。以来、稲盛は何をするにも「これは人として正しいことなのか」を自問し、身を処すことを覚えた。両親への感謝もこの先ずっと忘れなかった。