「“新型爆弾”の投下を理由に戦争を終わらせるべき」

そこで、核要因説とソ連要因説のどちらがより説得的かを論じるにあたり、従来から核要因説の重要な論拠の一つとされてきた、1945年8月8日の天皇と東郷茂徳外相の面会記録について、解釈を修正する必要が近年出てきたことから話を始めてみたい。

広島に核が使用された翌々日に当たる8日、天皇と東郷が面会している。戦後外務省が編纂し、1952年に刊行された『終戦史録』では、8日の「朝」、東郷は天皇に「昨7日傍受の新型爆弾〔核〕に関する敵側の発表とその関連事項、及び新型爆弾の投下を転機として戦争終結を決すべき」と進言した、とある。

これに対し天皇は、「この種の兵器の使用により戦争継続はいよいよ不可能にして、有利な条件を獲得のため戦争終結の時機を逸するは不可につき、なるべく速やかに戦争を終結せしめるよう」希望した。天皇との面会後、東郷は鈴木貫太郎首相に最高戦争指導会議の開催を申し入れた。