おそらく現代の私たちにとって、感動とは真実めいたエピソードによってではなく、人々を感動させるために用意された枠の中でメディアから提供されるものになっている。それはなにもテレビに限ったことではなく、ソーシャルメディアで拡散される「感動したらシェア!」などと呼びかける虚実の不確かな「誰かの体験談」にも見られるのである。

というわけで、サポーターたちの熱狂は、(1)試合そのものがメディア・イベントとして感動を呼び起こすように演出されているということ、(2)そのような感動による人々の動員は、商業的な動機付けから高い視聴率を求めるマスメディアにとって必須の要素になっていること、(3)そうやって煽られた感動がソーシャルメディアの中を拡散し、スマートフォンの普及によってそれが現実空間の行動へと結びつきやすくなったこと、という3点の要因によって引き起こされたというのが私の立場だ。もちろん、実際のサポーターたちの思いや熱意を否定するつもりは毛頭ないが、何もしなくても渋谷での熱狂が自然発生的に生じ、繰り返されたとは考えられない。

こうした「感動による動員」は、人々を満足させるものにもなる一方で、私たちを悪い方向に導くものにもなりうる。だからこそ、ひとりひとりの気持ちの問題ではなく、社会現象としてとらえ直し、分析する視角が必要とされているのではないだろうか。

※1:警視総監賞が授与されたのは、警視庁第9機動隊の広報係に所属する20代の男女2人。サポーターらに「怖い顔をしたお巡りさんも心の中ではW杯出場を喜んでいます」「皆さんは日本代表の12番目の選手です」などと呼びかけた。
※2:ワールドカップの総放映権料は、1990年イタリア大会は0.7億ドル、94年アメリカ大会は0.8億ドル、98年フランス大会は1億ドルと横ばいだったが、2002年日韓大会から入札方式に変わり10億ドルと急増。以後、06年ドイツ大会は16億ドル、10年南アフリカ大会では27億ドルとなった。

関西学院大学准教授 鈴木謙介
1976年、福岡県生まれ。2004年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。国際大学GLOCOM助手などを経て、09年関西学院大学助教、10年より現職。専攻は理論社会学。『サブカル・ニッポンの新自由主義』『ウェブ社会の思想』『カーニヴァル化する社会』など著書多数。06年より「文化系トークラジオLife」(TBSラジオ)のメーンパーソナリティをつとめるなど多方面で活躍。
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