メルヘンの住人であり続けられた理由
しかし、そんな現実での生活には、柳瀬夫人という最良のパートナーがいました。精神的なサポートだけでなく、ありとあらゆる家事雑事もこなすことで、やなせ先生が仕事に集中できる環境を整えたのです。
こうした献身的なサポートについて、柳瀬夫人は1988年5月28日付の『朝日新聞』で「夫の仕事がこんなだから、3度の食事はもちろん役所への用足し、計算、雑事はみんな私が引き受けて。1日30時間あったら、どんなにいいかって思います」と話しています。柳瀬夫人が現実における全ての仕事をこなしていたからこそ、やなせ先生がメルヘンの住民であり続けられたことがよく分かるコメントです。仮に柳瀬夫人までもがメルヘンの世界に共感し入り込みでもしたら、二人の生活はたちまち崩壊したことでしょう。
「困ったときのやなせさん」という評判もまた、やなせ先生がいつでも仕事に没頭できる環境が整っていたからこそです。この評判がやなせ先生を困らせたと本書で先述しましたが、本当に困らせたのは、そんな環境を整える役割をますます強いられた柳瀬夫人だったのかもしれません。
メルヘンの世界とは縁のない現実的な性格でありながら、やなせ先生の仕事を心の底から、それも底なしの陽気さで応援できる――。この柳瀬夫人なくして、やなせ先生の仕事は考えられません。
幻の迷作『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』
柳瀬夫人に支えられながら、やなせ先生は売れないヒーロー・アンパンマンを描き続けます。それも、ありったけの熱血を込めてです。
感情や情緒の表現である抒情詩が『詩とメルヘン』に並ぶなか、叙事詩として異彩を放つ『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』について、やなせ先生は次のように思いを語りました。
叙事詩は多く民族その他の社会集団の歴史的事件、英雄の事跡を客観的に叙述する韻文。
たとえばホメロスの『オデュッセイア』レッシングの『ラオコーン』ドイツの国民的史詩、英雄ジークフリートの死とクリエムヒルトの復しゅうをうたった『ニーベルンゲンの歌』等です。
(中略)「怪傑アンパンマン」は作者としては叙事詩をかくつもりでかいておるのですな。エヘンオホン(どういうわけかひどくせきこむ)。
(やなせたかし編『詩とメルヘン』第三巻第十三号十二月号、サンリオ、1975年)
やなせ先生が「民族その他の社会集団の歴史的事件」を描くのであれば、それは戦争がテーマになるはず。だから『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』には、やなせ先生が考える戦争を経験した日本社会の姿が、色濃く映し出されているに違いありません。やなせ先生の思想を理解するうえで、同作を読む価値は十二分にあるのです。
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