「私は、心がない人なのではないか?」サヘル・ローズさんは、時々そう思うことがあるという。自分がロボットにならないように、一生懸命、自分の心に油を注いでいると語る。養母との30年以上にわたる人生。やり場のない怒りの感情を押し殺して生きてきた「運命共同体」の母と娘の関係を、赤裸々に語る――。

「私、心がない人なのかな?って思います」

前編からつづく)

イラン・イラク戦争激戦下にイランで生を受け、戦争に翻弄され、本人も知らない何らかの事情により孤児院(児童養護施設)で育ったサヘル・ローズさんは、養母であるフローラさんが現れるまでの7年間、“大勢の子どもの中の一人”として生きてきた。そこにはつぶらな瞳を、優しく笑って受け止めてくれる「特別な人」はいたのだろうか。乳幼児にとって極めて重要な、「愛着」を結ぶ対象が存在していたのだろうか。

サヘル・ローズさん
撮影=増田岳二
サヘル・ローズさん

「乳幼児の大事な時期に、心が動くという経験を、私は持つことができなかったんです。子どもって、ブロックを触ったり、土いじりをしたり、ケガをしたり、笑ったり、泣いたりして、いろいろなリアルな経験を持つことで、心が動くようになるものです。衣食住を与えさえすれば、子どもが幸せに育つわけではなく、たとえ衣食住がなくても、一人の人が目の前にいて、その子の目を見てちゃんと話してくれたり、叱ってもらえたりすれば、その子は心が動くようになるのです。心が動くということが、子どものときに一番、必要なことだと思うんです。その環境にないと、大人になったとき、なぜか、自分の心って意識しないと動かないものになるんです。

私、心がない人なのかな?って、時に思います。ううん、すごく、心はあるんです。だから、心が凍りつかないように、私がロボットにならないように、一生懸命、自分の心に油を注いでいるんです。その油が、表現です。自分の心に油を注いで、心が回るように、ちゃんと意識して動くようにしています」

「ロボット」という言葉には、心当たりがあった。養育里親への取材で、ある里親女性が「乳児院から来た里子は、ロボットのような赤ちゃんなの」と教えてくれたことがあった。ゆえに、その里子の養育がどれほど困難に満ちているのかも。ロボット……それはつまり感情がないということだ。乳児院で養育された赤ちゃんは往々にして、サヘルさん曰く「心が動く」という経験をしたことがないまま、幼児へと成長する。

孤児院で「心が動く」ことなく育った後遺症を、サヘルさんは冷静に俯瞰する。サヘルさんは自分の中に、“傷ついたサヘルちゃん”=インナーチャイルドが存在していることを、はっきりと自覚する。

「自分の感情がすごく怖いと思うのは、急に涙が出たと思えば、その涙が突然、ピタッと止まるんです。もう、何事もなかったかのように。素直な感情がうわーっと出てくるインナーチャイルドと、人前で感情を殺そうとするインナーチャイルドという2つが、私の中にはしっかりいるんです。本当の素直な私は、うわーって泣きたいのに、それが一瞬にして自制が働いて、急に気持ちがストップする。それって、すごくしんどいです。自分に『泣かせてくれよ』って、言うこともあります。『頼むから、泣かせてくれ』って何度、思ったことか」